| 《前史》 |
1956年(昭和31年)10月 |
日ソ共同宣言によりソ連邦と国交回復。 |
1957年(昭和32年)
6月 |
国際友好親善団体・日ソ協会(現日本ユーラシア協会。初代会長鳩山一郎元首相)発足 |
1960年(昭和35年)
8月 |
ジェトロ主催「第一回モスクワ日本産業見本市」開催を機に、日ソ協会など3団体による経済使節団(286名)の訪ソが実現。大規模な民間のソ連旅行の先駆けとなる。 |
1961年(昭和36年)
1月 |
日ソ協会と全ソ外国旅行社インツーリストとの間で人的交流を促進するための基本契約に調印。 |
1961年(昭和36年) 6月 |
横浜/ナホトカ間定期航路が就航 |
《設立以後》 |
1961年(昭和36年)
7月 1日 |
日ソ協会の人的交流の経験を引き継ぎ、その協力の下で株式会社日ソツーリストビューロー(現ユーラスツアーズ)設立。資本金1千万円。 |
1961年(昭和36年)10月16日 |
運輸大臣登録一般旅行斡旋業(当時)第49号を取得、ソ連旅行の草分けとなる。 |
1962年(昭和37年)10月 |
初のソ連訪日観光旅行団受け入れ。 |
1964年(昭和39年)
4月 |
(観光渡航の自由化なる) |
1964年(昭和39年)15月 |
ソ連民間航空「アエロフロート」と基本契約に調印。 |
1964年(昭和39年)10月 |
東京オリンピック訪日外国人観光団663名を受け入れ。 |
1964年(昭和39年)12月 |
社団法人日本旅行業協会(JATA)加盟。 |
1966年(昭和41年)
1月 |
ロシア語会話長『旅のロシア語』を編集、発刊。 |
1967年(昭和42年)
4月 |
(東京/モスクワ間定期航空路が日ソ共同運航として開始) |
1967年(昭和42年)6月 |
当社開発のソ連経由パッケージ・ツアー『モスパック』の販売開始。 |
1969年(昭和44年)
4月 |
月刊広報誌『JSTBニュース』発刊 |
1969年(昭和44年)11月 |
大阪駐在員事務所を阪神百貨店本店内に開設。 |
1970年(昭和45年)
3月 |
大阪万博訪日外国人観光団1,067名を受け入れ。
(アエロフロートとJALが、各々東京・モスクワ・ヨーロッパ線の自主運行開始) |
1970年(昭和45年)11月 |
大阪に営業所を開設、西日本を商域とする営業を開始。 |
1974年(昭和49年)
6月 |
『ソビエト・・ことばと文化の旅』(三省堂) |
1975年(昭和50年)
3月 |
資本金を4000万円に増資。 |
1983年(昭和58年)
7月 |
名古屋に代理店『有限会社ソツーリスト東海』(現有限会社ユーラシア東海)を設置。中京圏を担当。 |
1991年(平成
3年)12月 |
(ソ連崩壊) |
1995年(平成
7年)10月 |
社名を株式会社ユーラスツアーズに変更。 |
1997年(平成
9年) 1月 |
広報紙『ゆうらす』を発刊。 |
1997年(平成
9年)9月 |
資本金を9800万円に増資。(後、6800万円に) |
1999年(平成11年)
3月 |
本社を港区東麻布1-26-8に移転。
大阪営業所を西区西本町1-11-7に移転。 |
2000年(平成12年)12月 |
ロシア・旧ソ連各国へのオペレーター業務増大に伴い社団法人日本海外ツアーオペレーター協会(OTOA)に加盟。 |
2001年(平成13年)
3月 |
『ユーラシア秘境の山旅・・コーカサス編』(東洋書店)発刊。 |
2002年(平成14年)
3月 |
『ユーラシア秘境の山旅・・中央アジア・シベリア編』(東洋書店)発刊。 |
2003年(平成12年) |
ペテルブルグ建都300年祭を期に日本からロシアへの渡航者数大幅に増加、推定7万人に(前年比140%)。 |
2004年(平成16年)
3月 |
ロシアへのオペレーター業務拡大のため業務態勢強化。 |