会社案内

ユーラスツアーズ

〒108-0014
東京都港区芝5-13-18
いちご三田ビル9階
電話:03-6453-6633(団体旅行)
   03-6453-6632(個人旅行)
FAX: 03-6453-6630

営業時間

09:30-17:30
(カウンター業務は17:00まで)
定休日:土・日・祝日、5月1日

お客様の声

当社をご利用頂いたお客様からの声です。

NEW!
旧年中は大変お世話になりました。

帰国以来慌ただしく過ぎてしまいました。
今回のロシア旅行は、先日もお伝えしましたようにおかげ様滞りなく進みました。
行きのモスクワ乗換えもうまくいきましたし、ロストバゲッジもありませんでした。
送迎もスムーズにいきました。
モスクワ着後のアカデムデスクに行ったところ(おかげさまで迷わず行けました)ご担当者が席をはずしておりましたが、運よく隣のデスクの女性が連絡してくださり、すぐにいらしたのでほっとしました。
その他はモスクワの渋滞の件で、帰りの送迎時間を早めていただいたおかげで空港にも余裕を持って到着することができました。それでもやはり中心部を抜けるだけで1時間かかってしまいましたが。。
車窓からモスクワの街並みをゆっくりと眺め、撮影することもできましたので有意義でした(笑)

観劇について。
ホテルチェックイン時に真っ先にチケットを渡され、マリンスキー、ボリショイとも楽しんできました。
ちなみに、マリンスキーは行きはホテルから歩いて行きました。グーグルマップを頼りに20分ほどで到着しました。
ただし街灯が心もとないので、帰りは送迎を手配しておいてよかったです。
どちらの劇場内でも感じたことですが、観劇を楽しみにしてわくわくした様子のロシア人がたくさんいて、会場の雰囲気は格別でした。

ホテルについて。
ペテルブルク、モスクワ共に快適にステイできました。
初日、ペテロパレスにチェックインした際にパスポートを預けたままにしていたのをすっかり失念しており(夜中に思い出し)翌朝フロントで、パスポートを返してほしい、と言ったところデスクの引き出しをゴソゴソ、大分時間をかけてゴソゴソ……他人のパスポートが出てきたときは一瞬焦りましたが、さらに奥の方から私のパスポートが無事に出てきてホッと一安心しました。
ペテルブルクのホテルはチェックアウトまで預かってくれるのですね。出国カードをなくさないように念押しされました。
朝食がおいしかったです。
また、驚きのサプライズもして頂きました!
何も知らずに部屋に戻ったので大感激でした。(最高のペテルブルク最終夜となりました) エルミタージュにも歩いて行けて(とはいえ、ペテルブルクは全部徒歩で回りましたが…)、私にとっては最高の立地でした。

美術館について。 エルミタージュはやはり事前にネットでチケットを取っておいたのが良かったです。2日間を本館と別館で有意義に過ごすことができました。
ちなみにエルミタージュ二日目は夜9時まで開館している金曜の18時頃行ったのですが、ちょうど広場が封鎖されてしまったところで、しばらく入れませんでした。大きなツリーや音楽に合わせてイルミネーションが別館に映し出されていて、何かあるのかなと思っていたところ手荷物チェックをしてようやく広場に入ることができました。
そしてしばらくするとライブが始まりましたが、私は別館のある旧参謀本部の中へ入り、印象派の絵画を鑑賞しました。人がほとんどいなくて、本当に贅沢なひと時を過ごすことができました。
(外はライブ中。爆音と振動が静かな美術館にガンガン響いてましたが、、それもまた「得難い経験」でした…笑)

食事について。
いわゆるレストランは、一人旅だと少々敷居が高く入りづらかったので、カフェに結構いきました。
ネフスキー通りでたまたま入った「文学カフェ」(カフェプーシキンと一区画隔てた辺り)の1階が気に入りました。
ボルシチや前菜の盛り合わせ、キエフスキーカツレツ、紅茶などボリュームたっぷりでしかもルーブル安なのか、とてもお安く、大満足でした。
モスクワでは、ツムの地下食料品の一角にあるカフェも何回か利用しました。お惣菜として持って帰ることもできるのですが、イートインにするとボルシチやメインを温めて出してくれるので大変ありがたかったです。ボルシチとビーフストロガノフ、おいしかったですよ。

空港について
行きの乗継は係員に聞いて無事にクリアできました。
ペテルブルク→モスクワ間のセキュリティチェックが結構厳しかったです。
ボディ検査は入念に、手荷物はすべて係員の前で開けて調べられました。
特に問題がなかったので大丈夫でしたが。。

思いつくままに書いていたら長文になってしまい失礼しました。
この他いろいろありましたのでいくらでも感想は書けますが、一旦ここまでということで、よろしくお願いいたします。

年末のウキウキしたような独特の空気やイルミネーションが、あまりにも素晴らしかったです。
(追伸)今ロシアは厳しい寒さになっているようですね。
私が行ったときは、最初の1週間は+4,5度で残りが−4,5度だったので、最初は拍子抜けしたくらいです。今頃行っていたら、歩き回るのは厳しかったと思うので、年末に行けたのは本当に運がよかったと思っています。
いつか本当の寒さを体験してみたい、、という思いもありますが…(笑)

ロシアはまだまだ見てみたいところがたくさんあります。
シベリア鉄道でモスクワ入りするのもいつか叶えたいです。
また必ずご連絡させていただきますので、どうぞよろしくお願いします。

2015年12月出発 S.K様
渡航先:モスクワ・ペテルブルグ

NEW!
私は現在、ポーランドにいます。クラクフのホステルにて、朝食を食べてる間におそらく同室の男にロッカーの鍵を壊され、予備の貴重品を入れていたバッグを盗まれてしまいました。その為、対応や予定変更などでいそがしくなってしまい、返信が遅くなりました。
覚悟の上で来ましたが、実際に身の上に降りかかるとなかなか大変な思いをするものですね(^_^;)

ウラジオストクの運転手のステファンさんは日本語もほとんど問題なく使えますし、とても誠実で親切な方です。
ホテルについてすぐベランダに出て戻ったらドアが外れて、金具一つでなんとか繋がっているという状態になりました。ステファンさんに電話したところ、家から戻ってきてくれ、フロントに事情を説明し、部屋を変えてくれました
ウラジオストクのホテル(アムールスキーザリフ)スタッフは、私が近くを通っても座りながらスマホをいじって目もくれなかったり、タトゥーの入ったスタッフが深夜の廊下を棒つきの飴をくわえながらウロウロしていました。直接不快な言動をしてくることはなかったですが、男の私でも雰囲気がちょっと怖かったです。

翌日も鉄道内の部屋まで荷物を運んでくれましたし、私も彼はとてもおすすめします。

イルクーツクのドライバーも荷物を運んでくれましたし、ホテルの受付までしっかりやってくれました。誠実、親切でなにも問題はありませんでした。
ホテル(イルクーツクホテル)に関しては、以前申し上げたとおり、空調が問題でした。私の部屋がたまたまそうだったのかもしれませんが。あと、シャワーの排水が詰まってしまいました。スタッフは好感が持てます。

モスクワ到着時のドライバーは、散々道に迷いましたが、とても必死に探していましたし、その度にこちらを気遣ったり、謝ってきました。誠実な態度がとても伝わってきましたので、別れ際に、良いお年を、と言ってチップを渡しました。他にトラブルはなにもありません。

今回は本当にお世話になりました。ありがとうございました。

2015年12月出発 M.O様
渡航先:ウラジオストク・イルクーツク・モスクワ・ペテルブルグ(シベリア鉄道ご利用)

おかげさまで、大変楽しい旅行になりました。。ありがとうございました。
ガイドのオリガさんは日本語がペラペラでとても助かりました。とてもとてもいい方で最後までよくしてくださり、私が帰りの空港の土産物屋でルーブルを使いきるのに付き合ってくださり
ドライバーに遅いと言われて申し訳なかったです。子どもたちにキーホルダーも買っていただきました。 秀才で、親切な方をつけてくださり、お礼を伝えておいてください。
ドライバーさんも紳士でした。ロシアの方は車もすぐ停まってくれるし、無愛想に見えてみんな優しかったです。ロシアがとても好きになりました!最後に寄ってもらったドライバーさんチョイスでおしゃれカフェに寄れました。美味しいとクチコミの多かったブリヌイが食べれて満足。ウラジオストクで見つけたセルフの店で、トイレは綺麗で4つも個室があるし店の人が好きにさせてくれソファーで居心地がよすぎた店です。昼、夜ともここで食べくつろぎました。ホテルベルサイユの向かいにありました。枚目のセルフレストランのレジ前にて。指さし注文できて助かりました。

水族館ですが、展示の半分は剥製でがっかり水族館でした。暑さを避けるため入ったのですが、30分が限度でした。スポーツ湾のふわふわ遊具でも遊べました。係員が緩くて、10分100ルーブルのはずなのに計っていないので長く楽しめ、二回遊ぶことが出来ました。スポーツ湾遊園地の乗り物は日本の相場より高かったので、1つだけこの船のアトラクションをやりました。想定外は、鷲ノ巣展望台に行くケーブルカーがなぜか運休で、ホテルに泊まらないから荷物を預けられない我々がたどり着くのはハードでした。着いたらおやつ休憩するよ!と頑張ったら、土産屋しかなく。ジュースくらい売ってると思ったのに!というか、かなり団体客が押し寄せてたので、どこでも見かけるアイス屋台的なのでもあれば絶対繁盛するのに、と妄想しました。その後はさすがに子どもが歩けず、バスにチャレンジ。中央広場に戻ってこれました。タクシーはやはり恐くてスポーツ湾で見かけたものの、子どもには歩いてもらうことに。シベリア鉄道は食堂車も楽しめましたし、ベッドの寝心地も良かったです。でもあんなに揺れるとは思わず、子連れなのでかなり情報収集に努めましたが、来てみないと分からないから、旅は楽しいですね。長々とすみませんでした。
ただいま浅草の旅館で純日本を楽しんでいます!

2015年9月ご出発T.I様 4名様ご家族ご旅行
行き先:ハバロフスク・ウラジオストク

先月のロシア旅行では大変お世話になりまして有難うございました。

ご案内いただいておりました旅程表に基づき、無駄なく有意義に毎日を過ごすことができましたこと、
主人共々感謝しております。

現地でのガイドの方々も流暢な日本語で丁寧に対応いただきまして、観光シーズンで混雑していた美術館なども要領よく廻れた次第です。

初めてのロシア旅行ということで、離日前はそれなりに緊張と不安がありましたが、しっかりした警備体制のもと、今や他のヨーロッパの都市よりも安全であるとガイドの方が話されていた通りの印象を受けました。

歴史、文化、芸術のあらゆる面で感銘を受け、ずっしりと感慨深い心持ちです。

ロシア情報につきましては、日本のガイドブックその他に記載されている紹介が現時点での当地の状況よりシビアなものになっているように感じ、不要の心配を生むことに繋がりかねないと思ったほどです。日本人の旅行者をさほど見かけなかったのも、その辺りが影響しているのかも知れません。中国、韓国人に至っては、自国を旅行しているかのような無警戒ぶりでした。

二、三年前のスキンヘッドの若者達も姿を消し、人の集まるところには必ず警官や警備員が配置されていましたので安心感があります。スリなどはいまだいるようですが、それ以上に観光客でごった返していた様相でした。

お礼が遅くなりましたが、また機会がございましたらよろしくお願いいたします。

2015年7月ご出発 Y.Y様
行き先:モスクワ・サンクトペテルブルグ

7月27日、無事名古屋へ帰ってきました。
1週間涼しい、あるいは寒いくらいのロシアにいただけに、名古屋の暑さはこたえます。

旅行の手配をいろいろありがとうございました。
リストビャンカではマヤークホテルの本館に泊まることができ、よかったです。6階601号室は東側と北側に窓があり、東側からはバイカル湖を眺めることができました。リストビャンカの天気はめまぐるしく変わり、23日に着いたときは曇りで、バイカル湖も灰色でした。その後雨が降り出し、雨は1時間ほどで止みました。

24日は朝は雨、8時ごろには雨も上がり、曇り空で寒いくらいでした。10時ごろ出かけるときには晴れ間ものぞきはじめ、だんだんと晴れてきました。お昼ごろには青いバイカル湖を見ることができ、日光浴をしている人や泳ごうとしている人もいました。船に乗ろうとしたら、雨がポツポツしてきたので、屋根のある船にしましたが、すぐに雨はやみました。

戻ってから、さかな市場にいると突然激しい雨が降り出し、屋根のある市場に30分ほどとどまっていました。 その後雨も上がり、再び青空になり、ニェルパのショーを見たりしました。

イルクーツクは期待していたほど変化はなく、130地区に新しいカフェやレストラン、ショッピングモールができていたのが大きな変化でした。イルクーツクのスベルバンクで両替をしましたが、日本の銀行と同じで、受付機で何をしに来たのかボタンを押してタロンを取り、その番号が表示された窓口に行き、両替をしてもらいました。そのシステムがわからなかったのですが、お客さんや案内の店員が教えてくれました。

ホテルビクトリアは部屋にティーカップ、スプーン、紅茶、コーヒーがあり、一番いいホテルでした。朝食もメニューの中を見て、暖かいもの、冷たいもの、デザート、飲物から一つずつ選ぶというもので、料理もおいしかったです。

マヤークとイルクーツクは部屋にはガラスコップがあるだけでした。各階に水とお湯が出る給水器は置いてありましたが。ヨーグルトを買って、食べようとしたらスプーンが ないので、バーで借りました。

朝食はマヤークは種類が多くおいしかったです。イルクーツクホテルはマヤークに比べると種類も少なく(果物がない)、レストランの人が少ないためか、テーブルの片づけも食器を片づけるだけで、パンの粉などが残ったままでした。またコーヒー、紅茶のカップがなくなってもしばらく補充されず、お客さんに言われて少し出てくるという始末でした。

イルクーツクホテルの部屋は広くて、アンガラ川が見える9階の部屋でした。西日が当たるので、温室状態になるのでエアコンをつけていました。26日の11時にタクシーを頼んだとき、中国人団体旅行者でごったがえしていたのですが、タクシーを呼んでくれて20分ほどできました。ちな みにタクシー代は320ルーブルでした。

イルクーツク空港に着いたときは、空港に両替所がなくて、ルーブルがあまりなかったので、白タクに乗り、500ルーブルという高いお金を払いました。でも彼に100ドルを両替してもらい、イルクーツクへの往復も(片道2000ルーブル)頼みました。トヨタの2013年型のカローラだと自慢していましたが。

出入国審査はスムーズにできました。入国の時に手書きの出入国カードを出しましたが、帰ってきたのは印字された出国カードに入国のスタンプが押されたものでした。

おかげで楽しい旅行になりました。またロシアへ行くときにはよろしくお願いいたします。

2015年7月ご出発 T.T様
行き先:イルクーツク・リストヴャンカ

お疲れ様です。
ご連絡遅くなり申し訳ございません。
無事、帰国しました。ありがとうございました。

1年半ぶりのサンクトは変わってないところあり、変わったところあり・・・で
なかなか面白い旅になりました。
先週は寒い一週間で曇りの日にはコート(薄手のダウン)羽織っている人も多く
さすが北の国!と変なところで感動。
でも、夏の季節は緑も多く夜遅くまで明るいのがいいですよね。
劇場からの帰りも怖くないですし・・・

ホテルもなかなか快適でした。
あれぐらいのミニホテル(弊社注:エムホテル)ってフロントも若い人が多いので
結構アットホームな雰囲気が好感持てますよね。地下鉄の駅にも近く、とても快適でした。
私が個人的に困ったことは、ホテルの近くにスーパーが少なかったこと。ぐらいですかね(#^.^#)

お土産とか、結構スーパーを利用するのでちょっとビックリでした。

次回(ってまだ全く未定ですが)もまたお手数かけることと思いますがよろしくお願いします。


2014年6月ご出発 O.M様
渡航先:サンクトペテルブルク

昨日、帰国しました。
行くまでは何かとご心配をしてくださいましたが、

何事も心配することなく、オリンピック観戦と観光を楽しめました。

ソチのホテルは家族経営のホテルで、朝食は純粋なロシア料理が一皿と
コーヒーだけというシンプルなもので少し驚きましたが、
その経営者の家族は素朴な良い方達で、
都会のホテルの事務的な対応とは違った面白さが味わえました。

寒いと予想していたペテルブルグの街は雪が溶け出していて、
ぷらぷら歩くのには良かったです。様々な楽しい経験ができました。

また機会があったら、旅行のプランのご相談をお願いするかもしれません。 その時は、宜しくお願いします。


2014年2月ご出発  I.M様
渡航先:ソチ(オリンピック観戦)・サンクトペテルブルク

10月のウラジオストク旅行はとても楽しい旅行になりました。

飛行機の出発が深夜で飛行時間も中途半端だし、その日はやはりほとんど
寝れない状態でしたが、とりあえず荷物だけに置いておこうとホテルに行くと
すぐにチェックインすることが出来たので、朝10時すぎにホテルに到着してその後
すぐに部屋に入り、夕方までとりあえず寝ることが出来ました。


空港に到着したのが朝8時、
そして荷物を受け取って9時の電車(アエロエクスプレス)で

ウラジオストク駅に移動しました。
空港が小さいのですぐに分かりやすくて助かりました。
列車はやはり一時間に一本ですね。時間が合えば使えるか、、、とう程度ですか。

翌日のガイドさんの案内も、とても楽しいひと時でした。
女性の小柄な方でしたが、ガイド以外に翻訳などのお仕事もされているようでした。

帰りのホテルから空港への送迎はホテルの出発時間が夜の10時だったので、

少し心配もしましたが、ちゃんと時間前にスタンバイしてくれていて、
車も日本のハイブリッド車で快適でした。
ウラジオストクは列車の時間に合わなければやっぱり送迎の予約は必須ですよね。
空港まで実際かなり遠いな〜〜と思いましたし。。

プリモーリエホテルは場所もいいし、部屋も快適でした。
掃除もそれなりに行き届いてるし、Wi-Fiもちゃんと使えました。
朝ごはんもそれなりに種類も多く、オムレツなども好みの具でその場で作ってもらえるのでなかなかでした。

散歩して、アムールスキーザリフとか見に行ったけど、
高台にあるし、回りは何もないし不便やな〜〜〜と改めて思いました。
実際色々歩いて回るならプリモーリエがベストでしょうか?
フロントの対応もしっかりしていましたし。。
宿泊客はロシア人、日本人、、時々韓国人て感じでした。

以前も行ったウラジオストクですが、その時は自由時間もほとんどなかったので、
今回初めて何日も何日も歩き倒して、自由旅行を満喫できました。
ウラジオストクは大きな町じゃないのが街歩きにはちょうど良い感じで、
それに坂があって海があって、毎日毎日歩いていても全く飽きません。
人の多さもちょうど良い感じですね。
昔と違ってカフェなども多いので、ちょっとした休憩にも困りません。

何と言っても今回驚いたのは、スーパーの充実度!!!!!!!
とくにデリのコーナーは日本の百貨店にも全くひけを取りません。
サラダだけでもものすごい種類ですし、ソーセージも超美味しい!!
フライや天ぷらみたいなのもあって、ほとんど日本人の口にすごく合うと思います。
毎日毎日レストランでしっかりした食事を取るのも辛いので、
結構スーパーのデリで買って、ホテルの部屋で食べたりしていました。
パンも美味しいし、乳製品はみんな美味しいし、、、蜂蜜ケーキも最高!
中国のものに比べると圧倒的に添加物などを使用して無いと思うので
素朴で自然な味です。
意外と日本食品も調味料など売っていて基本的なものに困らない感じもします。
一週間の日程だったので、日本のカップ麺やお菓子など多少持って行ったのですが、
ほとんど食べませんでした。
他にも冷凍食品などもものすごい品揃えが豊富で、今住んでいる中国よりも暮らしやすい気がしました。
ただ物価はほぼ日本と一緒ぐらいで、外食やカフェの値段にしてもそうでした。
ですので現地の人のお給料から考えると安くないのだろうと思いますが。。
バスは一律17ルーブルでした。

チョコレート屋でかなりチョコレートも買ったのですが、その値段にしても全く安くはないので、
物価は日本と同等と思えば誤解はないのだろうと思います。

すっかり連絡が遅くなってしまったのですが、楽しい旅行をありがとうございました。


2013年10月ご出発 I.M様
渡航先:ウラジオストク

キルギスのオシュの町、とても平和です。
ウズベク人、キルギス人の混住が進んでいるので、この前の民族対立が、信じられませんでした。 ホテルでは、従業員のキルギス人、ウズベク人、ロシア人の方たちが、仲良く働いていました。不思議に思い、ガイドさんに尋ねると、「ナルマーリナ(まあまあ)、日本と韓国、中国とウイグルほどじゃないよ」と言って、笑っていました。

訪れたカラクリ湖は、天候と時間と見る位置により、千変万化する神秘的な湖です。
その美しさは言葉では表せません。このカラクリ湖や東パミールの美しい自然との出会いを求めて、イタリア、ドイツ、アメリカから観光客の一団がやってきます。
今回は日本人のツアー客の人たちとも、カラクリ湖畔のゲストハウスで、小時間だけですが会話をしました。

ただこのカラクリ湖、富士山よりも高い位置にあるため、私は高山病になりました。
私より年配の日本人、外国人で誰一人ならなかったのに。普通の食事は受け付けないので、ガイドさんがお米を柔らかく煮て、緑茶を飲ませてくれました。

体調には波があり、朝、昼、夕方と1回ずつ楽になる時間があり、この時間を利用して、ガイドさんと湖岸を散歩しました。このカラクリ湖、朝、昼、夜で水の色が変わるんです。また天候やお日様の照り具合でも、変わるんです。
さらに近くで見るときと、遠くから見るときで、同じ場所でも水の色が違います。


この美しい湖を見ては、ゲストハウスで休憩したりを繰り返しました。
外国人観光客の方も、丸一日、湖岸を散歩したり、休憩したりでした。

帰路、タジキスタン、キルギスの国境を通過します。
国境をはさんで、タジキスタンとキルギスは、まるで違います。
タジキスタンの山は、土や岩がむき出しですが、キルギスは草原の山なのです。
自然が好きなので、キルギスの丘陵や小川で、楽しいひと時を過ごしました。
日本でいう「アザミ」の植物、キルギスではとても大きく、あちこちに自生しており、驚きました。

私は花が好きだというと、きれいな大きい花壇のあるカフェを、紹介してくれました。

今回の旅で、ここの花壇へ行ったことは、本当に良かったです。
なんと、テンニンギクが咲いていたのです。

テンニンギク、別名「特攻隊花」、少し前までは、鹿児島県鹿屋航空自衛隊基地に行けば、
お花や苗をもらうことができましたが、最近になってこのテンニンギクが外来種とされ、

奄美諸島の喜界島までいかないと、見ることが出来なくなってしまったのです。
かつて特攻機に乗り込む直前に隊員たちは、地元の女学生からこのテンニンギクを受け取りました。
途中、喜界島にて給油を受けるのですが、テンニンギクまで沖縄特攻に行かせるのは可哀そうだと、
滑走路を飛び立った後、上空からこのテンニンギクを落としました。
このテンニンギクが喜界島の空港周囲に根を張り、毎年鮮やかな花を咲かせます。

私はこのテンニンギクを、キルギスの奥地で、しかも日本の終戦記念日の翌日に見られたことで、
胸がいっぱいになりました。
ドライバーの方は、この「天人」という菊の名前を、とても美しいとおっしゃっていました。

最後の日は北京観光、なかでもチベット仏教寺院の雍和宮は圧巻でした。密教画がとても美しいです。
雍和宮も北京の下町の胡 同(フートン)も、欧米の観光客が目につきましたが、日本人は見かけませんでした。
私は一般の日本人と、感性が違うのでしょうか。

今回は全ての面において、ガイドさんドライバーの方に恵まれました。
とくにタジキスタンのガイドさんの心配りには、感謝の念に耐えません。

来夏ですがカラクリ湖よりは、1000mほど高度が低いとされるキルギスのソンコル湖、
高山病が心配だと言うと、イシククル湖を勧められました。そして行くなら、北岸より南岸。
南岸の山には木々が生い茂り、人も少なく水もきれいだと。

ところで今回、体力の関係から、オシュのスレイマン山に行けなかったのが、とても残念でした。
「スレイマン山訪問を含めた、イシククル湖南岸観光はどうか、オシュから北上コースをとったらいいよ、
途中の景色は素晴らしいよ。来年もまたオシュへおいで」とキルギスのドライバーの方から言われ、
お別れの握手しました。
キルギス、一言でいうなら草原の国です。もう一度行きたいですね、今度はたっぷり時間をとって。


2013年8月ご出発 B.T様
渡航先:キルギス(オシュ)・タジキスタン(カラクリ湖)・中国(北京)

ご連絡が遅くなりましたが、7月27日に予定通り帰国しました。

旅のアドバイスをたくさんいただいたおかげで、何の不安も、不便も感じず、
ロシアの旅行を満喫することができました。

文字を覚えていったのは本当に良かったです。
それでも常にガイドブックや、地下鉄の路線図を見ていました。

白夜の時期だったこともあり、夜でも怖いと感じることがありませんでした。
結局、マリインスキー劇場からは、夜11時頃ですが、地下鉄に乗り帰りました。

ロシアはさすがに広大というか、地図で見て「近い」と思っても、歩いてみるとすごく距離がありますね。
一つひとつの建物が巨大なんですね。

ペテルゴーフとツァールスコエ・セロー(プーシキン)へは、現地のバスツアーに参加しました。
確かに、個人の入場は難しそうでした。 英語ツアーだと固有名詞も英語的な表現になるんですね。
「エカテリーナ」が「キャサリン」だったりして、初め誰のことを言っているのか、わかりませんでした。

天候は、1日のうちで、晴れたり雨が降ったり、暑かったり涼しかったりで、
朝、出かける時は全部に対応できるように荷物を準備しました。

ホテル(モスクワ「ヴェガ」・サンクトペテルブルク「フィフス・コーナー」)は どちらも非常に快適でした。
シャワーの水圧もいいですし、部屋も清潔、エアコン完備で。

カフェがたくさんあり、食事に困ることもありませんでした。味も良かったです。
ただ、日本で同じようものを食べた時と比較すると、全体的に高くついた気がします。

お寿司屋さんに2度行きました。美味しいし、見た目も楽しくて、とても気に入りました。

出会う人、皆さん親切で、気さくな感じでした。
道でガイドブックをじっと見ていたら、サラリーマンが声をかけてくださり、行き先まで案内してくれました。
方向が同じだからかと思っていたら、同行してくれた後、また来た道を戻って行かれました。
しかも私が行きたかった場所が、ドストエフスキーの小説『罪と罰』の主人公ラスコーリニコフのアパートで、
「ラスコーリニコフのアパートに行きたい」と言うと、地図も見ずに、迷うことなく案内してくれました。
その方は、地元の人ではなくて、仕事でペテルブルクに来ているとのことでした。
ロシア人はみんな知っているの?(そんなわけないのですが・・・)、と驚きました。

驚いたというか、小さな発見が一つ。
地下鉄の駅がとても深いですよね。それで、長い長いエスカレーターに乗りますが、
気がつくと、いつも手すりに添えている手だけが、先に進んでいるんです。
体と手すりの進むスピードが合っていないんですね。

こんなたわいもない出来事を日々楽しく感じてきました。

ロシアの旅行は、他の国に行くのと比べると事前の手続きが少し手間ですが、
旅行自体はとてもスムースにできたという印象です。
是非、周りの人にも薦めたいと思います。


2013年7月ご出発 S.M様
渡航先:モスクワ・サンクトペテルブルク

今回も、安心、安全な旅が出来、いつものことながら、感謝を申し上げます。

ゲストハウス近く近辺は、長野の千畳敷カールとよく似た光景で、緑に覆われ、
とても美しかったです。残念ながら、芥子の花は1週間前に散ったとのことでした。
このゲストハウスの裏山を登ると、アイダルクル湖が見えました。 アイダルクル湖の少し手前には、赤い帯状のものが、長く続いています。 ゲストハウスのオーナーのご子息方によると、この赤色は芥子の花によるものとのこと。

この方の案内で、アイダルクル湖に向かいました。 距離にして60キロですが、相当な悪路でした。また地元の人でなければ、 標識がないので分からない道でした。

アイダルクル湖に近づくにつれて、緑の原っぱに赤い芥子の花が、ポツポツと見え始めます。 さらに車を進めると、赤い芥子の数が増え出します。さらに進めると、緑の草原に真っ赤な 芥子の花が咲き乱れており、それが地平線まで続くのです。
息をのむような美しい光景が、眼前に広がっているのです。 この後、アイダルクル湖の岸部に近づくと、芥子の花の数は少なくなり、湖岸には全くありません。

春の雪解け水の影響で、アイダルクル湖は増水し、入江や島や半島が出来上るようです。また夏には気温の上昇により、湖水は蒸発し湖の面積は、小さくなるようです。
春のアイダルクル湖は、夏とは趣を異にしており、褶曲した湖岸が続いています。
静かな水をたたえたアイダルクル湖は、神秘的な装いすら感じさせられました。


2013年4月ご出発 B.T様
渡航先:ウズベキスタン(ヌラタ地方・アイダルクル湖)

今回はロシア旅行のお手配をしていただき、ありがとうございました。
おかげ様で楽しい12日間です。 今、バレエ終わりのカフェでお手紙書いています。
ノーヴァヤオペラ(弊社注:モスクワの劇場名)のくるみ割り人形、本当に良かったです!!

ロシアは思った程寒くなくて、本当いつも通りの服装。室内はぬくぬく。
ただうっかりすると鼻の中が氷りそうでした(笑)
でも北京のほうが寒かった。万里の長城は念願の男坂(南側)を登れました。

(2012年)12月26日北京発、モンゴル経由して12月31日モスクワ着の中国国際列車 K3次、5泊6日、7622kmの列車の旅。 中国人車掌のセクハラに参ったり、何者かによってパスポートが寝台下の荷物入れにあったり、焦りました(汗) 夫が二人いるモンゴル老婦人や、荷物7〜8個のモンゴル行商小柄おばちゃんとトランプしたり、そんな同室の人達とのおしゃべり。 元柔道メダリストのモンゴルおじさんとお酒を飲んだり、ひたすら日記と車窓の日があったり、本当にぜいたくな時間を過ごしました。

中国の山脈からモンゴルの雪原、ロシアの深い深い雪山とそこに突然現れる小さな集落、氷った河。 どんどん移り変わる7622km、ちょっとずつ時計の針を戻す日々。あと、モンゴルの歌教えてもらったのも思い出です。
あと、ご準備いただいた列車の時刻表のおかげで、列車内でたくさんの方と関わることが出来ました。
本当にあの(時刻表)のおかげです!ありがとうございました。

車内での真夜中の出入国審査は、意外にものものしかったモンゴルと、 人生初体験の国家的圧力と言葉にも出来ない大きな緊張感。ロシア。 日本が民主主義国家で小さな小さな島国で、自分が日本人だということに改めて気付いた旅でした。

そしてロシアは街中警察官だらけ。年越しで道も地下鉄も教えていただいた通り封鎖ばかり。
軍人に見えてコワイけど、道を聞くと最後には冷たい表情もバイバイって不思議な国です。
ソビエトからロシアへ。なんだかすごい時代に生きている感じがします。

今回本当に貴重な数日間でした。本当に担当者さんのおかげです。ありがとうございました。

03.01.2013


2012年12月ご出発  K.A様
渡航先:北京発シベリア鉄道大陸横断の旅(北京⇒(ウランバートル経由)⇒モスクワ⇒サンクトペテルブルグ)

無事に戻ってくることが出来ました。ここに篤くお礼を申しあげます。
今回の旅行ですが、ガイドさんが素晴らしかったの一言に尽きます。
サマルカンドでの壁画やタイルの装飾における深い意味の説明を、日本語で丁寧にしてくれました。 となりのツアー団体は、不慣れなガイドさんから、間違った説明をされていました。

アイダルクル湖は、水は透明で綺麗です。
でも溜息が出るほど美しいバルハシ湖と比べると、今ひとつという感じです。
でも湖の底には、砂の紋があり、不思議な感じがします。 この湖は、シルダリア川を塞き止めて出来た、チャルダラダムの水があふれ出てできた人造湖ですが、 赤い砂漠の中にこんなに巨大な湖が突然目に飛び込んできたときには、驚きました。

ヌラタの街は、大理石の採れる山が近くにあるので、民家の壁に大理石が沢山使われています。 ただ街自体が新しくピカピカに、お化粧直しをされていたため、少し拍子抜けしました。

あとチャシマの神聖な泉の中に、沢山の魚が泳いでいますが、ここは見ごたえがあります。 この泉の背後には、「マケドニアのアレクサンダー大王の要塞」がありますが、ここからはヌラタの街を一望できます。 このあと昼食は、アイダルクル湖で採れたボラの唐揚げを食べましたが、とてもおいしかったです。

このあとサマルカンドに戻り、旧市街を散策しました。歴史的な建造物と旧市街とは、高いタイルの壁で仕切りがされています。 旧市街の建造物は、とても素晴らしかったです。 ここには日本人は来ませんが、フランス人やドイツ人の方たちは、建物を感慨深げに眺め、写真をとっています。


私にとって、ウズベキスタンについては、マイナーなイメージしかありませんでした。

数年前のナショナルジオグラフィック紙に、ウズベキスタンは秘密警察の監視網に、国民はおびえていると書いて あったからです。これは、全くの嘘です。
治安はとてもいいです。カザフ人よりももう少し控えめな感じがしますが、とても人懐っこいです。 旧市街を歩いていると、地元の人から何回も声をかけられ、お茶を何回もご馳走になりました。

あと何処へ行っても日本人に会います。ホテルにも多くの日本人観光客がいます。
ブハラが一番という人もいればサマルカンドが、いやヒヴァが一番という人もいます。

また甲乙つけられないという人もいます。 いずれにせよ、自分の目で見ないと、何も知らないのと同じだと思うのです。 今回はヒヴァとブハラを訪問地に入れなかったことが残念でした。 次回はこの二つをぜひ訪れたいと思います。 5月には、緑の草原に赤いケシの花が咲きますが、この景色を一度見てみたいのです。


タシケントからサマルカンドへの飛行機は、乗客はわずかに3人だけでした。
サマルカンドからタシケントに向かう車内は、冷房がなかったです。
飛行機の便があるなら、飛行機にしたほうが、いいように思いました。


2012年8月ご出発 B.T様
渡航先:ウズベキスタン(タシケント、サマルカンド、アイダルクル湖、ヌラタ)

(旅行のきっかけ)
夏休みが取れそうなので、今年こそは海外に行こうと思った。おととしロシアのダーチャ(家庭菜園)の話を聞いて、一度行ってみたいと思っていたが、チャンスがないままになっていたことをふと思い出し、インターネットでダーチャ訪問ツアーをしらべたら一件見つかった。すぐにユーラスツアーズに問い合わせてトロイカツアー ハバロフスク4日間を申し込んだ。オプションとしてダーチャ訪問を選んだ。7月の中頃である。

(ハバロフスクの町並み)
ハバロフスクは、極東ロシア第2の町である(第1はウラジオストック)。人口約60万人。町の西側にアムール川がゆっくりと流れ、景観は素晴らしい。小高い丘がアムール川に向かって東西に複数走り、丘の峰に沿って大きな道路が走っている。坂が多いし路面電車も走っていてサンフランシスコを思わせる。交通量の割に道路幅も広く、歩道もゆったりとしていて、ヨーロッパ的な建物が余裕を持って並んでいる。町の並木や町周辺の林には白樺やカラマツなどの針葉樹、楓、松などもあり、明るい緑と濃い緑が淡いコントラストで静かに広がる。市街地にナナカマドがあった。ダーチャでは、カリーナを見ることができた。カリーナの愛称はカリンカ。ロシア民謡のカリンカである。

(自然)
アムール川には150種類もの魚介類が生息するという。川カマス、チョウザメ、サケ、マスなどである。周りは森林なので、クマ、ウサギ、リス、キツネなど動物の種類は多い。アムールトラは現在60頭しか生息が観察されないという。ハバロフスクの市の旗ではクマとトラが向き合っている。温帯と寒帯の境界に位置し、両方の生物が生息している珍しい場所である。観察される動植物の種類は多い。 夏には蚊が大発生すると聞くが、町には蚊はほとんどいない。郊外の畑にはたくさんいるが、日本の薮蚊より大きく、シマがなくあまりささない。刺されるとチクッとするが膨れることはない。ハエはいるが、ゴキブリはいない。トンボはいるが、蝉は鳴いていない。

(気候)
18日は気温26℃、湿度30%。朝は20℃を下回わり、河畔は風が強くカーディガンを着ても寒かった。ハバロフスクの人は寒いとは思わないらしい。ちょうど東京の9月末から10月にかけての気候である。19日には午後から突然激しい雷雨に見舞われたが、1時間ほどで小ぶりになり、夕方は陽が出ていた。大陸性モンスーン気候である。 冬はマイナス30℃になり、アムール川が凍り、歩いて中国国境まで行けるという。

(ダーチャ訪問)
今回の旅行の目的の1つにダーチャ見学がある。ダーチャは17世紀に始まったともいわれているが、現在のダーチャはソ連時代の政策として政府が各家族に原野(草地?) を分割して与え、家庭菜園として使用を許可したものである。そのため、ほとんどの家庭がダーチャを保有している。夏の間ダーチャに住んでいる人もいるし、週末のみダーチャで過ごす人もいる。車を持っている人は自家用車を使用するが、荷物を持って路線バスで来る人も多い。ハバロフスク郊外の平地にはダーチャ村があり、1区画800uの土地が並ぶ。普通1家庭1区画だが、現在では土地を売買できるため、意欲とお金のある人は複数の区画を保有できる。どのダーチャも外から見ると似ている

1.家庭訪問
10時にホテルを出発し、日本語通訳と運転手とともに車でダーチャに向かった。市街を抜け南に向かう道路は片側1車線で中央分離線は引いてない。時速80kmほどで走るが、抜いていく車が多い。
道路の両側からは、空き地を隔てて遠くに建設中の10階建位の高層アパートが見える。ハバロフスクは発展中であり、人口がどんどん増えているとのこと。普通の人はアパートに住み、一部の金持ちや老人は一軒家に住んでいる。
幹線道路を左に曲がり、両側ダーチャ村の道をゆっくりと走る。各軒には番号がふってあるはずだが、木や草で隠れて見にくくなっているところもある。訪問するダーチャは83番である。



2回くらい細い道を行き来し、やっと見つけたダーチャでは、おばさんが迎えに出ていてくれた。このダーチャでは定年退職後のご夫婦が5月から10月まで暮ら している。2区画1600uを所有する。家は木造2階建。窓や戸はなく、自然に直結している。自然の中で食事をしているという感じがとても気持ちよい。日本とは異なって日差しは強くなく、湿気もあまりないのでさわやかである。家の壁を黄色く塗ってあるところが、はっきりしたコントラストの好きなロシア人的な趣味と感じる。おじさんの趣味は油絵を描くことで、通された部屋の壁にも3つかけてあった。このあたりの自然を描いており、プロ級の腕前と思えるほどである。“私が死んだらきっと高価に売れるだろう”と冗談(?)に言っていた。

2.菜園散歩
おばさんの名はエリカさん。エリカさんが菜園を案内してくれた。黄色いトマト、ラズベリー、マスカットのような緑のブドウ(ロシアでは白いブドウというそうだ)、黒いブドウ。今、この3種がちょうど食べごろだった。取ってくれた果物は味が凝縮されていて野性的であった。私たちは甘さを追及しすぎた日本の果物しか知らなかったと気づく。食べながら菜園をうねうねと巡る。温室ではキュウリを作り、ナスやキャベツ、ニンジン、ネギがあちらこちらに少しずつ植えられている。ゴボウもあったが、葉を薬として利用するだけで、根を食用にはしていない。食べる習慣がないらしい。
カボチャは日本のものとは異なり、外側も黄色く襞のあるUFOといったところ。野菜は買ったことがないというほど自給自足できている。 菜園の中に天然の池があり、魚がいるという。かなり深いらしく、泳げるらしい。
池のふちにベンチを置き、ピラミッド型のお昼寝場所もある。気分が悪い時にピラミッドで1時間くらい寝ると気分がすっきりするそうだ。他に、人口的に作った池もあり、池の周りにはクモ、ペリカン、カエルなどの飾りものがある。
ジャングルにあこがれているのだろうか?

3.食事
黄色い壁の部屋で、食事をごちそうになった。ボルシチ、ピロシキ、ひき肉のクレープ包み焼き、インゲンの煮物、カボチャとトマトとナスの重ね焼き、それにウオッカとリンゴ酒。リンゴ酒はウオッカにリンゴを1年間漬けておいたもの。
梅酒のような感じの甘いお酒だったが、アルコール度数は高そう。 ボルシチはロシア料理の代表だろう。肉と野菜を切って煮込む。ペッパーの辛味と生クリームのまろやかさが調和した赤いスープである。それを大きな深皿になみなみとよそって食べる。ダーチャでごちそうになったボルシチも町のレストランで食べたボルシチもどちらもおいしかった。ハバロフスクの家庭ではボルシチを1週間に1度煮て、4日間ぐらい食べるという。日本の味噌汁、インドのカレーに相当するような日常的な料理なのだろう。 他に、魚のフライ、キノコのビネガーあえはおいしかった。 このダーチャには電気は引いてあるがガスと水はない。飲料水はペットボトルで購入する。洗う水は池などの天然のため水を使う。サウナ部屋があり、薪で炊いたストーブで蒸気を出す。町で暮らすより不便はあるだろうが、32年間もダーチャを保有しており、定年後の生活はとても楽しく、“人生そのものが楽しい“という。 スイカ をごちそうになり、ブドウをおみやげにもらって3時頃ホテルに向かった。

(買い物)
ロシアで店に入るのはかなり勇気がいる。看板が少ないし、ショウウインドウはない。私はロシア語が読めない。店の扉は狭く、鉄製で重い。開けるには勇気がいる。“お店かと思って間違ったらどうしたらよいでしょうか?“と通訳の人に聞いたら、“出てくれば良いでしょう“と言われた。ごもっとも!このような間違いをロシア人は全く気にしないらしい。  町にはスーパーマーケットがある。規模としては日本のコンビニくらいだが、日常の買い物なら十分だ。1ルーブル3円で計算して物価は横浜の80%くらい。 重い鉄の扉を思い切って開けて入るとすぐにレジがあり、女の子が座っている。日本ではないので“いらっしゃいませ“なんて声はかけない。でも存在は認識されている模様。生鮮食料品は少ないものの、燻製などの加工品や缶詰、お総菜は少し、パン、お菓子、ケーキ、パスタ、ジュースや水、お酒が並ぶ。お総菜は、100グラム当たりの単価が書いてあり量り売り。”100グラムください“と言いたいが、ことばが通じないので、筆談となる。グラム数を伝えると、電卓をたたいて金額を見せてくれる。こちらは、ありがとうと言うが、向こうは何も言わず。支払いを済ませる。あ〜買い物は緊張する

(日本語ガイド)
ロシア語はほとんどしゃべれないし、市民はほとんど英語も日本語もしゃべらない。どうしても日本語の通訳が必要になる。特にダーチャで、植物や作物や生活について尋ねる場合にはどうしても通訳なしではいられない。
助けてくれた日本語通訳のアリョーナさんに感謝の言葉を述べたい。





2012年8月ご出発   Y.M様、Y.Y様
渡航先:ハバロフスク(ダーチャ訪問)

昨日、モスクワより無事帰国しました。
今回の旅行では本当にお世話になりました。
現地では何のトラブルもなく、とてもいい経験ができて楽しかったです。

本当にありがとうございました。

(追加情報をいただきました)

ハバロフスク発、43号の2等寝台車には220Vのコンセントがありました。
部屋ではなく、通路の窓側に折り畳みの椅子が付いているのですが
そこの上あたりに一つ置きぐらいにありました。
カーテンで隠れてて見つけにくいです。

現地の人たちは車掌さんを気にしながらも、普通に携帯を充電していました。
変換プラグがあれば充電できました。
私たちもカメラや携帯の充電をしました。

今回の43号では、同じ車両にはロシア人しかいませんでした。
日本人も見かけず、ロシアの雰囲気を満喫できて良かったです。

インツーリストでは、据え付け型ドライヤーにシェーバー用と書いてある115Vの
コンセントがありました。これは変換プラグなしでそのまま充電できました。
朝食もビュッフェ形式でおいしかったです。

ヴェガホテルはアメニティがシャワーキャップしかなく、壁に取り付けてある
シャンプーと 手洗い石鹸はありました。が、リンスがなく髪はバサバサに。
設備は綺麗でしたが、石鹸、歯ブラシ、シャンプー&リンスは持参しないといけない感じです。


チェックインの際の登録料はどちらもいりませんでした。
インツーリストは翌日の10時まではパスポートを返してもらえませんでしたが、
ホテルの宿泊カードがあれば外出しても問題ないと言われました。
ヴェガホテルはチェックインの時にすぐ返してもらえました。


シベリア鉄道の車内は暑くて、半袖で十分でした。モスクワに着く前日ぐらいまでは
外は雪が降ってるところもありました。

車内では、モスクワに滞在登録を送るとかで登録料100ルーブルがかかります。

車内では洗顔ぐらいならできました。
トイレもきれいでした。

あと、車内でウォッカを飲んでいるのを警察に見つかると怒られます。
アルコール度数の低いビールやワインは大丈夫だそうです。
キオスクでも売ってました。

タオルもシーツと一緒に1枚配られました。

ロシア人は簡単な英単語も理解できないようでした。
持っていくなら会話集に辞書もプラスすると世間話もできます。
単語を指さして会話できるのでお薦めです。

ロシアの人はみんないい人で、食べ物もおいしくて素敵な国でした。
また行きたいと思える旅行になりよかったです。

いらない情報も沢山付け加えてます(笑)。
参考になればうれしいです。


2012年4月 Y.K様
渡航先:シベリア鉄道の旅(ハバロフスク⇒モスクワ 列車43号)

今回のシベリア鉄道全線走破の旅につきましては、大変お世話になりました。
この旅行は、長い間の私の夢であったものの、私自身が初めての個人の海外旅行であり、旅行全体で15日間(シベリア鉄道旅行の期間が9日間)の長期にわたり、かつ、ロシア語が全く分からないため、計画した頃から不安な思いを抱きつつ貴社に相談し、実行したものでした。
幸いにも、貴社の親切で適切なアドバイスや旅行中のサポート、現地スタッフの皆さんのおかげで、とても充実した15日間を過ごすことができました。 あらためてお礼申し上げますとともに、今後の参考になると思いますので、シベリア鉄道の旅の様子をご報告します。

(旅のプラン)
私の場合、全線で約9,300kmあるシベリア鉄道のうち、モスクワからイルクーツクまで4泊5日(約5,200 km)の前半とバイカル湖とイルクーツクで2泊した後、イルクーツクからウラ ジオストックまでの3泊4日(約4,100 km)の後半の2つに分けて旅行しました。
結果的には、2つに分けたことが旅の疲れも感じることなく、シベリア鉄道の全線走破の旅を楽しいものにしたと思っています。 また、旅行を終えたとき、前後半の2つの内のいずれかを選択しても、シベリア鉄道の旅の楽しさは充分に味わえるように感じました。

(車窓からの風景)
列車の窓から見える風景は単調で変化がないと聞いていましたが、私の場合、本当に何時間眺めていても、見飽きることなかった様に思います。 前半の列車の車窓からは、兎に角、山一つ見ることなく列車の両側とも地平線の彼方まで黄色く色づいた平原が続き、その中に白樺の森や並木があり、大小幾つもの村や丘の上の教会などがあり、まるで物語から飛び出した様な風景が次から次へと変化していくのを飽きもせずに眺めて過ごしました。 また、後半の列車の車窓からは、少し山間を走るせいもあり、大小の川や湖沼、更に草原、遠くの山並みと風景に変化があり、のんびりと草を食む牛や羊の群れなどが見かけられました。そして、全線を通じて駅舎がそれぞれ個性的で綺麗なのに驚かされ、駅舎を見ることも楽しみになりました。 更に、シベリア鉄道全線を通じても、私の経験では、トンネルの数が10にも満たなかったと思います。日本では全く考えられない驚きでした。

(列車の中での過ごし方)
基本的には、消灯時間中以外は自由です。いつ食事をしようが、コーヒーを飲もうが、食堂車に行こうが自由です。もちろん向かいの人に気を遣うこともない様でした。(後半の列車では特に強く感じました。)また、上段の寝台の人は、食事をするとき以外は上段で過ごすことが基本のようで、下段の人からの許しがない限り、昼間でも上段の寝台で過ごしていました。 シベリア鉄道を利用する場合は下段が絶対に便利で、楽だと思いました。 私の場合、車窓から外の景色を眺めたり、横になって本を読んだり、クロスワードパズルをしたり、同室のロシアの人とミニ会話集を利用したコミュニケーションを楽しみながら過ごしました。退屈さを感じることは、殆どなかったように思います。

(列車の中で役に立ったもの)
事前の情報収集により色々なものを持って行きましたが、それらの中で特に役立ったものをあげてみます。

 ・時刻表・・・貴社からいただいたシベリア鉄道の時刻表は、現在地の確認や次の停車駅の時刻や停車時間、更には時差などが把握でき、大変参考になりました。また、掲載されている地図を見ながら同室のロシアの人とのコミュニケーションにも役立ちました。この時刻表は、シベリア鉄道の旅をする際の必携書だと思います。

 ・保温ポット・・・列車内では、お湯は車内にあるサモワールからいつでも確保できるので、カップ麺を食べるときやインスタントコーヒーを飲む際に役に立ちました。また、お湯が冷めてもそのまま飲料水としても使えました。

 ・お土産グッズ・・・車両内の人と仲良しになるのに、大変役立ちました。私の場合は、日本製のキーホルダー、チョコレート、キャンディー、おかきなどを持っていたために、コンパートメントの同室者や車内の子供たち、また車内で親しくなった人などにプレゼントし、喜ばれました。

 ・カップ麺等・・・ロシアの食べ物にも色々チャレンジしてみましたが、やはり時には日本で食べていたものが恋しくなります。そんな時日本製のカップ麺、インスタントコーヒー、お菓子等があれば、食べ物に対するストレスの解消に役立ちます。また、コンパートメントの仲間にプレゼントして喜ばれました。

 ・空気枕・・・寝台で寝るときに使う空気枕は、寝るとき以外でも、本を読むときのクッションとしても使え、長い列車の中で過ごすときに意外と重宝しました。また、携行品としての荷物にもならず、持ってきてよかったと思いました。

 ・ウェットティッシュ・・・ロシア製のお手拭は乾燥していたので、持参したウェットティッシュは列車の中で食事をするときに役立ちました。また、トイレを使うときには、便座を拭くのにも役立ちました。 これらの外、紙コップを持参しましたが、紙コップよりプラスチック製のマイカップの方が便利です。また、スプーン、ホーク、果物ナイフなども持っていった方が良いように思いました。

(汽車の中のトイレの使用方法)
汽車の中のトイレの使用方法のコツを覚えるのに少し時間がかかりました。何故なら、洗面所を兼ねているために1人当たりの使用時間がまちまちなうえ、駅に近づくと、使用できなくなるからです。 トイレをうまく使用するためには、あらかじめ時刻表で使用時間帯をチェックしておき、早めに用を足すとか、車両の通路で窓の外の風景を眺めながら、トイレの使用状況を観察しておくとよいと思います。食事後や朝晩などのときには首にタオルをかけトイレのそばの通路で待つことも良いと思います。そうすれば他の乗客は、1車両に2つあるトイレのうちのもう一方を使用するようになるからです。

(列車の停車時間の活用)
最初に4泊5日の列車の旅をイメージしたとき、『5日間も列車に乗りっぱなしで、大丈夫だろうか?』と心配しました。ところが実際に乗ってみると、その心配は杞憂に終わりました。 何故なら列車は、何時間か毎に20〜30分間停車する駅があり、その停車駅に着くと乗客たちはサンダル履きで下車し、散歩したり、飲み物や食べ物を買ったりしながら自由に過ごすことができるからです。 私も、あらかじめ時刻表でチェックしておき、外の新鮮な空気を吸ったり、コーラやピロシキなどを買ったりしました。結果的に汽車の中のストレスの解消に大いに役立ちました。

(食堂車の様子)
ロシアの人たちは、車内での食事は殆どが持ち込みの物で済ませます。食堂車を利用するのはもっぱらロシア人以外のヨーロッパの人たちです。従って、私が利用したときにも、必ず空いている席がありました。 最初に利用したときに、メニューをお願いしましたが、すべてがロシア語で、メニューの内容を理解することができませんでした。ただ、たまたま持っていたロシア語のミニ会話集の中にロシアの代表的な料理の紹介欄があり、ウエイトレスの人がそれを見つけて、できる料理を教えてくれました。 2回目以降は、その会話集を持参しながら、いろいろなものを注文しました。 値段も味も手ごろな感じで、結構列車の中でもロシア料理を味わうことができました。

(汽車の中の同室者とのコミュニケーション)
シベリア鉄道の旅の醍醐味は、同じコンパートメントのロシアの人たちとのコミュニケーションにあると思います。しかも、このメンバーは、列車に乗るまで全く分かりません。私の場合は前半がどういうわけか2等の2人用のコンパートメントで、ロシアの若い空軍兵士でした。後半は最初が3人で途中で2人になり、最後は4人で過ごしました。 同室者とのコミュニケーションは、相手にもよると思いますが、私の場合は最初に1対1だったために、かえって他の人に気を配る必要なくミニ会話集を使いながら、徐々に親しくなっていきました。そのうち時刻表の地図を見ながらお互いの生まれた場所を指し示しあったり、一つの単語の日本語とロシア語の発音レッスンなどを行いながら、時間をすごしました。また、こんなときに日本から持ってきたお菓子やキーホルダーが役に立ちました。 同様に車内の通路では、ロシアの子供たちがよく遊んでいます。そんな子供たちにもキャンディーは好評で、すぐに仲良しになれました。 もうひとつ感じた事は、簡単なロシア語辞書が有れば、更にいろんな会話ができたのにと思ったことです。今度乗る機会があれば、そうしようと思います。

(終わりに)
旅行から帰った今でも「今回、シベリア鉄道の旅をして、本当に良かった。」と思っています。 果てしなく続く平原の中を走る列車の車窓の中から幾日も外の景色を眺め続け、時間に拘束されていた日本の日常と異なる過ごし方が体感できたことも嬉しく感じられましたが、何よりも、同じ車両の中で、生まれも育ちも言葉も考え方も違う普通のロシアの人たちと親しくなり、楽しい時間を一緒に過ごすことができたことは何にも代えがたい貴重な体験だったように思います。 また、機会があればシベリア鉄道に乗ってみたいと思います。 本当にありがとうございました。

2010年8月 H.A様
渡航先:シベリア鉄道全線走破の旅(モスクワ⇒イルクーツク・リストヴャンカ⇒ウラジオストク)

8月27日無事ロシアから日本に帰ることができました。
訪露の間のプランをたてて頂きありがとうございました。
トラブルに巻き込まれこともなく、非常に楽しいものでした。
ロシア人は純粋で優しく、人なつこい人達ばかりで、日本人とは違う温かさを私は感じました。
将来、またロシアに行きたいと考えていますので、その際もよろしくお願いします。

2010年8月出発 S.H様
渡航先:モスクワ・キーロフ

昨日、安心安全な旅を終え、無事に戻りました。篤くお礼を申し上げます。
K様がご作成されたグーグル・アースのカルタ(地図)が威力を発揮しました。
最初の目的地ウシトベでは、お会いしたい方にお会いできて、とても嬉しかったです。

どこかのホームページでは、コリョサラム(ソ連系朝鮮人)の方は日本人にあまりいい感情はないと書いてありましたが、バザールのコリョサラムの方たちは私が日本から来たと言うと、とても驚いたようですが、親しげに話しかけられました。
お野菜を売っていたのは、大半がコリョサラムのご年配の方でしたが、ごく少数でしたが慎ましやかな若いチェチェン人女性もいました。

このあと、レプシーから17キロのバルハシ湖岸に出ました。こちらは、前回は雨のため、あまり景色はすぐれませんでした。今回は、晴れていました。
ここのバルハシ湖は、西部バルハシ湖と同じく水の色は緑で、透明度は低かったです。もちろん、水は綺麗ですが。少し期待はずれでした。

アクバリク、ブルトベは、ともに廃村で、グーグル・アースのカルタを頼りに近辺まで行き、あとは地元の人に尋ねてバルハシ湖岸に出ました。 このあたりのバルハシ湖は、水の色はブルー、そして透明で底が見え、まさに息をのむ美しさでした。
西部バルハシ湖とは、全く違っていました。

翌日訪れたカラシガン、こちらは見つけるのにかなり難儀しました。 グーグル・アースのカルタを頼りに、まずテレバエフ村まで行き、そこで地元の人に尋ね、やっと見つけました。
こちらは、ソ連時代は人が住んでいましたが、今は廃村でした。カラシガンでは、湖畔に赤紫色の花が咲乱れ、とても美しかったです。

運転手のペトロフさんは、運転がとても上手です。 私は運転が下手なので、とてもそのことがよく分かるのです。 お料理は、ウシトベでコリョサラムの方から買ったお野菜を使ったのですが、とても美味しかったです。

以前行ったアラコリ湖と、バルハシ湖を比べてみます。
カザフの方は、イシククル湖よりバルハシ湖の方が、バルハシ湖よりアラコリ湖の方が、綺麗だと言います。 アラコリ湖は、不思議な色をして神秘的です。水そのものの色は、アラコリ湖の方が、美しいかも知れません。 しかし、バルハシ湖のスケールの大きさ、また周囲の景観を考慮に入れると、私はバルハシ湖の方が好きです。 今回の旅行で感じたのは、一つの旅行のプランを作成するのに、K様はとても細かく慎重にされていると感じました。 あらためて、お礼を申し上げます。

ペトロフさんは中央アジアの大半の湖に行かれているようで、その点でも色々とお話を聞くことができました。 イシククル湖は、北岸は幹線道路が湖から離れているけど南岸は湖の近くを通るから、行くなら南だとか、タジキスタンのイスカンデル湖はとても綺麗で、今はタジキスタンは治安は心配ないとか、とても興味深いお話でした。

2010年8月出発 B.T様
渡航先:東部バルハシ湖(カザフスタン)

昨日、無事に帰ってきました!

昨日、2時半、予定より少し早く成田に着き、夕方には全員無事に、都内の家庭に帰り着きました。

ごめんどうなお願いが多く、旅行社にはメリットの少ないグループでしたのに、ていねいにお世話いただけたことを嬉しく思っています。
アナスタシアさんは学生アルバイトでしたが、帰国の日も早く来てくれて、たいへん助かりました。行きのバスで、「サーカス」について聴きましたら、あとで電話をくれて、実施日と料金を教えてくれたので、自分たちで予約して、楽しむことができました。
アムールスキー・ザリーフは中国人でいっぱいでした。ホスト・ファミリーのダーチャに1泊した以外はここでしたので、よく休み、フロントにもいろいろとお世話になって、まずまずの居心地でした。
知り合いの一人がジェツキー・ラーゲリの指導員でしたので、そこを見学することができました。(到着直前にOKが出ました。)
ホスト・ファミリーのお誘いで、ヨットでルースキー島へのクルージング・海水浴に出かけました。 いろいろな方とのご縁で、ウラジオの一週間をたっぷり味わって帰ることができ、皆さんも、「また来たい!」と言っております。
ご連絡が遅れてすみませんでした。厚くお礼を申し上げます。

2010年8月出発 S様グループ 8名様
渡航先:ウラジオストク

前略、長期にわたり、私達のために計画して頂き有難う御座いました。
お陰さまで大変楽しい旅が出来ました。天候にも恵まれ、初日ハバロフスクで、にわか雨にチョット遭っただけで 後は帰りまで青空の見える、快適な天候でした。
ダチャーを2箇所訪ね、バイカル湖の畔、観光電車に乗り(満席)ビザ番号必要でしたが、楽しいかったです。
何処の国から来ているか、チェックしているそうです。シベリア鉄道の本線で休憩があり、長いホームと貨物、人の流れの写真を撮っていたら、昔のように注意されました。帰りの富山着も快適な空の旅で、小さい飛行機での揺れもなくベストでした。小人数の旅、食事も地元の人の案内ですから楽しいでした。ホテルはシーズン前なのか、宿泊客は少なく 使う人が少ない為と思われますがお湯の出が悪く、3日間は水のシャワーでした。新緑が素晴らしく、ライラック、 りんご、梨の花が満開で、周囲は甘酸っぱい匂いで気持ちが良かったです。
本当に色々有難う御座いました。またお願いすることも有ろうかと思いますが、その折はよろしくお願い致します。
まずは、お礼まで 有難う御座いました。
写真は、ロシアの友人宅のお母さんが私たちのために、作ってくれた、家庭料理の数々です。
大変おいしく、レストランの味以上でした。全部手作りでハムは市販です。
もう一枚はイルクーツク市内の教会に咲くリンゴの花です。いつも8月ごろに訪ねると、濃い色の葉っぱの木としか判らず 初めてリンゴの木と分かりました。

2010年6月出発 O様

旅行はとても内容豊かで充実した旅となり、心から感謝しております。どうもありがとうございました。
ここでは今回の旅について、その人生上の意味を中心とし、観光等の中身は簡単に記させて頂きます。
写真等も沢山ありますが、文章のみとさせて頂きます。     
2010年5月出発 M.S様

I.ユーラスツァーズとのつきあい
ユーラスツァーズにはЯСТБ(日ソツーリストビューロー)時代を含めて今まで5回お世話になりました。 ■ 1979年 〔「ソ連・東独・視察の旅」、新潟〜、ロシア6都市と東独4都市、4週間〕
※ 初めての外国旅行。不安に満ちながら、妻と珍道中。初日からトラブル。ЯСТБの担当者がたまたまハバロフスクにツァーの添乗員として来ていたのでとても助かった・・・

■ 1981年 〔「ロシア語会話ゼミナールの旅」、横浜〜、レニングラードでの2週間とターリン・キエフ、4週間〕
※ 2回目の旅でもあり、団体旅行なので実に気楽だった・・・

■ 2004年 〔「バリトン歌手フョードルとの12年ぶりの再会の旅」、千歳〜、ハバロフスク・ホームステイとウラジオストク・ユジノサハリンスク、2週間〕
※ 北海道合唱団とハバロフスク合唱団が札幌で共演〔「ロシア民謡とロシア歌曲の夕べ」〕。・・・12年後に再会したとき、フョードルはオペレッタ劇場の主任ソリストとして活躍していた・・・

■ 2008年 〔「デカブリストの妻たち・研究の旅」、稚内〜コルサコフ〜ペトロフスク・ザバイカーリスキー、2週間〕
※ デカブリストの11人の妻たちの一人ムラヴィヨーワはシベリアのペトロフスキー・ザボート〔現・ペトロフスク・ザバイカーリスキー〕で1832年に28才で亡くなり、今でもそこに眠っている・・・

■ 2010年 〔「ターニャとの32年、一つの締めくくりの旅」、千歳〜、ノボシビルスクとイルクーツク、2週間〕 
※※※ 1981年の旅のみЯСТБの企画旅行〔団体〕で、他の4回は手配旅行〔個人〕でした。


U.今回の日程の確定
今年は札幌市とノボシビルスク市の友好都市20周年の年であり、札幌市の企画ツァー〔6月22〜28日〕が組まれるので、それに参加しようと考えていたのですが、日程などに不満があるので、個人旅行にしました。そして最初は新潟〜ハバロフスク経由で考えたのですが、ロシア国内の飛行機便には不便が多く、鉄道も使わざるを得ず、イルクーツクでは1泊しかできず、満足できるような日程を組むことができません。
ユーラスツァーズの担当者とメールでやりとりしながら、色々調べて頂き、最短の経路となり、経費も大幅に減り、合理的な日程になったことを感謝しております。

■ 2010年の日程は5月25日千歳発⇒ソウル(乗り継ぎ)⇒北京(1泊)⇒ノボシビルスク(6泊)⇒イルクーツク(3泊)⇒北京(乗り継ぎと仮眠)⇒ソウル(1泊)⇒6月6日千歳着となりました。北京とソウルは初体験でしたが、何とかこなすことができました・・・


V.今回の旅行の意味
今回の旅行は1979年と2008年の旅の続きと締めくくりの意味をもつ旅でした。
32年前(1978年)、日ソ協会〔現・日本ユーラシア協会〕札幌支部にノボシビルスク大学日本語科のターニャという女子学生から「日本語研究の手助けを・・・」という手紙がきて、僕が引き受けることにし、文通をしました。ロシア人との初めての付き合いでありました。そして翌年の旅行の際、レニングラードで5日間、彼女は「ガイド」として色々と世話をしてくれました・・・
・・・長い年月が経過し、再びロシア語を勉強しようと、2005年からユーラシア協会札幌支部のロシア語応用講座に通いました。先生はノボシビルスク大学日本語科出身のエレーナ先生で、ターニャの3年先輩でした。
2007年の5月に、ターニャと再会するための捜索を始めました。ターニャの消息は不明だけれど、彼女の同級生・ナターシャがノボシビルスク大学日本語科で教師をしているということがわかりました。9月にインターネットでターニャの出身地であるアラパエフスク市の高校を調べ、そのうちの9校に手紙を送りました。そして10月に、彼女の夫の母親からの手紙で、ターニャの消息がわかりました。彼女は1986年に息子を産んだ3日後に28才で亡くなっていました。「30年ぶりの」再会は不可能になりました・・・〔⇒2008年の旅⇒2010年の旅〕
2009年4月、10年以上札幌でロシア語教育に携わってきたエレーナ先生は、病気のお母さんを世話するために帰国し、ノボシビルスク大学の日本語教師になりました・・・〔⇒2010年の旅〕
今回の旅は今までの人生の半分を占める32年間の歴史に一つの締めくくりをつけることが大きな目的となりました。


W.ノボシビルスクでの7日間とイルクーツクでの4日間
ノボシビルスクでは都心から30Km離れた森の中の学園都市・アカデムゴロドクのホテルに滞在しました。エレーナ先生には空港〜ホテル間の送迎を含め、連日いろいろとお世話になりました。ターニャが住んでいた学生寮を見、大学で日本語学生たち〔2年生と3年生〕の期末試験を見学し、学生たちに「日本史」や「一休さん」などの視聴覚教材〔日本のDVD〕をプレゼントして交流、エレーナ先生のお母さん宅と妹さん宅訪問、歴史研究所付属博物館・シベリア鉄道〔野外展示〕博物館・ノボシビルスク郷土資料館の見学、などなど・・・・・・
一週間はあっという間に過ぎ、イルクーツクに向かいました。31年前の旅ではバイカル湖などしか見てこなかったので、今回はシベリア史やデカブリストなど歴史関係のものを見たいと思っていました。それで、イルクーツクの旅行社に、2日間の日本語ガイドを予約して行きました。プロのガイド〔イルクーツク外国語大学の教師〕はどうしてもはずせない所要ができたということで、「最も優秀な女子学生」を推薦してきました。
そして、偶然とは思えないような奇跡が起こりました。僕の目の前に現れた女子学生は、1979年にレニングラードの駅のホームで待っていたターニャと同じ4年生で、名前もターニャでした・・・奇しくも、このイルクーツクでのターニャとの予期せぬ「再会」により、ようやく、心残りのない締めくくりをつけて帰国することができたのでありました・・・・・・
※ イルクーツクではデカブリスト博物館〔2つのうち「トゥルベツコーイの家」は工事中だったので「ヴォルコンスキーの家」のみ〕・歴史博物館・郷土資料館・郊外のシベリア木造建築物〔野外展示〕博物館の見学、などなど・・・

昨日帰国しました。
ロシアのツアーはお陰さまで大変スムーズな、そして楽しい旅になりました。どの立ち寄り先でもチャンと出迎えがボードを持って待っていてくれました。また迎えの人たちがとっても気を使ってくれて、気持ちの良い旅でした。本当に有難うございました。ロシアからエストニア、北欧4カ国、ドイツ、チェコ、ハンガリー、クロアチア、オーストリア、最後にフランクフルトから飛行機で帰国しましたが、ロシアと違って駅到着後インフォーメイションセンターでのホテル探し、あるいは事前にパソコンでの予約を行う、という旅を続けましたが結構面白い、変化に富んだ旅になりました。出発前は色々な人が昔のイメージでロシアの旅行は大変だ!と言っていましたが、結構穴場だと思いました。頑張ってください!では、取り敢えず御礼のメールを送ります。
お元気で! 

2010年5月出発 K様ご夫婦
渡航先:ウラジオストク・ハバロフスク・イルクーツク・モスクワ・ペテルブルク

カザフスタンのマンギスタウ地方、トルクメニスタンのバルカン地方は、毎日雨でした。

しかし、私たちがカラボガズゴル湾(弊社注:カスピ海東部ある湾/トルクメニスタン内)に出た数時間は快晴でした。
キャナルの色は、エメラルドグリーン、コバルトブルー、濃いブルーが、織り成しており、その美しさは、筆舌に尽くしがたいものがあります。 カラボガズゴル湾は、海の喉の黒い湾、という意味ですが、まさにその通りです。湾内の塩分はとても高く、海水は不透明で、浜辺の砂の色により、鉛色に見えます。

キャナルが、湾に流れ込む砂洲の最先端まで、行きました。
今回の現地手配旅行社は、昨年と同じでした。 ドライバーは、昨年と同じミハイルさん、ガイドは日本語のできる方でした。 グーグル・アースで調べて行ったこともとてもよかったのですが、本当に、ご担当者様の「かゆい所に手が届く」という細かいご配慮により、 カラボガズゴル湾を思い残すことなく観光できたことに対して、篤くお礼を申し上げます。

朝食、夕食は全て、あのリェイラさんがいたカフェーでとりました。
残念ながら、リェイラさんは現在アクタウ・ホテルで働いているとのことです。また、オリガさんは、クラスノヴォーツクの病院に入院しています。 現在、このカフェーはアゼルバイジャン人夫婦がやっていました。リェイラさんのお兄様がここのお店の常連で、私たちと一緒に食事をとりました。

ベクダーシュには、ジェネットというホテルがありました。
水の全く出ないホテルで、宿泊客は私一人のみでしたが、寒さはなんとかしのげました。
なお、インチョンからアルマトゥィ、アルマトゥィからアクタウまで、日本人ツアー客と、一緒でした。
カザフスタンのマンギスタウ州は、とても見所が多いようです。ただ、毎日雨だったのではと、思いますが。

今回は、ドライバーのミハイルさんなしでは、あのぬかるみの国境地点までの運転は、無理だったのかと思います。
ミハイルさんは、会社一のドライバーとのことです。ガイドさんも、日本語のガイドで本当によかったです。

文章が長くなってしまいましたが、有難うございました。
今度は、夏に向けて、東部バルハシ湖を調べていきます。

2010年4月出発 B.T様
渡航先:カラボガズゴル湾、ベクダーシュ(トルクメニスタン)

サンクトペテルブルグツアーでは大変お世話になりました。
無事に3月31日に帰ってきました。お礼の報告が遅れて申し訳ありません。

本当にとてもすばらしい旅行でした。
何から何まで、いろいろなアドバイスのおかげで、無事に息子の試合を観戦し、また、エルミタージュ美術館に酔いしれ、おいしいボルシチを毎日食べて、 聡明なアナスタシアさんのすばらしいガイドで、サンクトの町中を散策しました。
(貴重なキャビアもゲットできました!) サーカスはとても素敵で楽しく、バレエは華麗で優雅でした。

ホテル(弊社注:グランドホテル・ヨーロッパ)もすばらしく、セキュリティやサービス、立地も最高でした。
帰りはテロの影響か、飛行機にロシア警察が乗り込んできたりしてちょっと心配しましたが
遅れながらも無事に出国でき、2ダースのマトリューシュカとともに、日本に帰ってきました。

本当にありがとうございました。ぜひまた、今度は5月からのシーズン中に訪れたいです。
その時はもちろんユーラスツアーズさんにお願いしますのでよろしく!
では、これで失礼いたします。

2010年3月出発 O.A様
渡航先:トロイカフリーツアー「フィンランド航空で行くサンクトペテルブルグ6日間」

@旅の途中ヘルシンキからのお便り

お世話になりました、N.Yです。
只今、ヘルシンキのユースホステルに宿泊しています。
連絡が遅くなってしまいましたが、2日前に無事、ロシア国内のツアーを終えました。

今回、シベリア鉄道内で一年間の兵役を終えたロシアン・アーミーたち(?)数十名と寝食を共にしました。ビビる間もなく仲良くせざるを得ない状況でしたが、よくあることなのでしょうか?いずれにせよ、うっとおしいくらい人懐っこく(腹の立つことも度々ありましたがそれ以上に)心の優しい彼らのおかげで、すごく充実した楽しい7日間でした。

ただ、私が通り過ぎたあと、モスクワーペテルブルグ間の電車でテロが起こってしまったようですね。
日本の方からのメールで知り、驚きました。私は楽しい体験ばかりですが、やはりここは海外。不可抗力も含め、何が起こるか分かりませんね。
改めて気をつけたいと思います。

この度は本当にお世話になり、ありがとうございました。
おかげさまで大きなアクシデントもなく、ロシアで楽しく過ごすことができました。

とは言え、私はこれから欧州を南下し、ひと月程周遊する予定ですので、まだまだ始まったばかりです。
年末頃に帰る予定ですので、そのときにご迷惑でなけば、また無事を報告させていただきます。

それでは。
お忙しい中、失礼いたしました。


A日本帰国後のお便り

あけましておめでとうございます。
昨年のロシア・シベリア鉄道ツアーに際してお世話になりました、N.Yです。
12月30日に日本へ無事帰って参りましたので、遅ればせながらご報告いたします。

ロシアを出国後、ヘルシンキを皮切りに北欧、ドイツの各主要都市をまわり、アムステルダム、パリ、と巡り、バルセロナから帰ってきました。
一月半ほどのヨーロッパ周遊でしたが、短かったですねー。各都市の滞在が長くても3泊程度と、まちの隅々まで楽しむ余裕がなかなかできませんでしたね。後半は残り日程と行きたい都市とのにらめっこで、とにかく大急ぎの旅でした。

それにしても、向こうの都市は街並みが美しく、多くの感動する景色に出会いました。
ロシアの重厚な建物、コペンハーゲンのメルヘン風の家並み、ベルリンの近代的な建築群、雪の中のノイシュヴァンシュタイン城、アムステルダムのレンガ造りの集合住宅・・・などなど、さまざまな風景が印象に残っています。道路や歩道はタバコやゴミが多く決してほめられたものではありませんが。。。笑

当たり前ですが、日本とは文化も全然違いますよね。
電車に乗ったり、レストランに入ったり、スーパーで買い物をしたり・・・何でもないことですが、1つ1つが欧州の文化に触れる体験となり、毎日が新鮮でした。
ペテルブルクや北欧では、夕方4時くらいですでに真っ暗だったのには驚きました。

また、主にユースホステルを利用した旅だったので、そこで出会ったさまざまな旅行者たちと会話をしました。日本人の方もずいぶんいらっしゃいましたね。
私は英語があまり話せないので、流暢な英語が聞き取れず、悔しい思いもしました。ロシアン・アーミーたちとはカタコト同士でうまくいっていたんですけど・・・笑
彼らから教えてもらったロシア語(ダー、ニェット、ポニョ・・・etc)もなかなか抜けませんでしたね。

いずれも楽しい思い出です。

ですが旅の最後、バルセロナにおいてカード盗難(1枚)に遭ってしまいました。
警察を名乗る男たちに「財布を見せろ」と言われ・・・という古典的な手口です。
最後の都市に着いたという安心感や、それまでに何もなく一月半を過ごせてきたことなどから、気の緩みがありました。。。もう、本っっっ当に情けないですね。
おかげで、スペインの警察にお世話になるという、貴重な経験ができました。笑
その時点で日本へ帰る航空券の手配をしていなかったので焦りましたが、現地の旅行会社に現金での手配を頼み、難なく帰国することができました。
こういったときの対処が必要なことも一人旅の醍醐味、覚悟の上、、、、これでやっと一人前かなー、なんて今となっては言えますが。
今のところ、被害額もなく、もし被害があっても保険でなんとかなるかな、とのんきにしています。
とりあえずは、一度も体調を崩すことなく、無事で帰国できたことが何よりです。

楽しかったこともたくさん、困ったこともたくさん、いずれにせよ、多くの素晴らしい体験ができました。充実感、満足感でいっぱいです。
中でも、シベリア鉄道に乗っていた7日間は、今でも楽しい思い出として鮮明に記憶しています。
担当者さんには、旅の始まり「ロシア」という重要な部分をお世話になり、本当に感謝しています。

新年早々の長文となってしまいすみません。
それでは、ご報告まで。
本当にありがとうございました!

2009年11月出発 N.Y様
渡航先:フェリーで行くシベリア鉄道3等列車の旅 14日間
境港⇒東海(韓国)⇒ウラジオストク⇒モスクワ⇒サンクトペテルブルグ⇒ヘルシンキ

明けましておめでとうございます。
先日、モスクワより無事帰国しました。
いろいろと出発前に教えていただいた情報が非常に役に立ちました。

街中がヨールカで賑わっており、至る所にツリーがあり、夜でも明るい感じでした。
ロシアのクリスマス時期に重なったお陰で、真冬にも関わらず、明るいと感じる場所も多く、 治安が悪い感じは見受けられませんでした。
本当によい時期にモスクワへ訪問できたと思います。

出入国に関しては、所持金や携帯電話、カメラ、Note PCと細かく申請書類を作成したのですが 税関担当者は、入国時も出国時も、不要と言ってました。ちょっと拍子抜けです。

また、見所としては赤の広場は最高に良かったです。
到着した日は、雪もなく穏やかな天候でしたが、翌日から地下鉄に乗り赤の広場にたどり着いた時から、にわかに雪が降り始め あっという間に雪景色に変わりました。おかげで、雪の無い赤の広場と雪に染まったワシーリー寺院を見ることができました。

滞在中は-15〜-23℃程度になると天気予報には出てましたが、-10〜0℃程度で想像していたよりも暖かく、 異常なほど準備した防寒服もほとんど使わずにすみました。(これでも十分寒いと思いますが。。。)
クレムリンに入りたかったのですが、激しく降り出した雪の中、敷地内を長時間歩き回れそうにない気がしたので 赤の広場を散策し、グム、アルバート通りを散策しました。(どこでも除雪作業が十分行われていて、もしかして場内も問題なかったかもしれません)
また、おみやげを買い込むため、イズマイロフ市場、(現在の名称は“ベルニサーシュ”:弊社注)に足をのばしました。やはり安く、たくさんの買い物ができました。
一番気にしていた食事に関しても、どの食べ物も美味しく日本人に合うと思いました。

夏の景色も綺麗だと思いますが、やはり冬のモスクワを見て良かったと思います。
寒さと闘う市民生活が伺えて良かったです。大都市モスクワのものすごいパワーを感じます。

東欧諸国への入国は手続き等面倒かとは思いますが、いつかモスクワ、サンクトペテロブルグ、ポーランド等 回って見たくなりました。その時も、御社にお願いしますね。(アレコレと面倒な事を言いますがよろしくお願いします) 最後ながら、御社の様な、低価格でありながら出発までのきめ細かいサービスをしてくれる旅行会社、 そして何よりKさんに担当して頂き、出発前から情報の少ないモスクワ旅行に関して不安を払拭していただき 本当に感謝しております。
長々をメールしてしまい、お仕事のお邪魔をしてしまいますことをお許しください。

それでは、本当にありがとうございました。

2009年12月出発  K様ご夫婦
渡航先:モスクワ


19日間大変お世話になりました。

本当にトラブルが続いて、いろいろとご迷惑をおかけし申し訳ございませんでした。
ですが、トラブルに直面したときも担当者さんの素早い対応と連絡は非常に頼りになり、心強かったです。
おかげで落ち着いて行動することができました。今となってはそのトラブルもいい思い出のひとつになっています。
本当に担当者さんには感謝してもしきれません。

また、シベリア鉄道ですがやっぱり3等を選んで良かったです。
同じ車両には3人を除いた全員が、ウラジオストックで兵役を終えた同年代の人たちでモスクワに着くまでワイワイもりあがって楽しい思い出ができました。帰りには軍で使うコートや水筒、一円玉のような銀貨などおみやげを山ほどもらってカバンに詰めるのに苦労したぐらいです。

今までの旅行の中で最も楽しく素晴らしい思い出ができました。本当にありがとうございました。

ちなみに今回、トラブルはフィンランド航空のストライキに終わらず、まだまだ続き、スーツケースがフランクフルトに残ってしまったことに加え、 今日関空から連絡があり、カバンが壊されていることがわかりました。衣類とみやげ物しか入っておらず、カバンの修理代は航空会社が負担してくれるとのことで全く問題はありませんでしたが、トラブルってこんなにも続くものかとただただ驚くばかりです。

まだまだ旧ソ連地域で行きたい場所がたくさん残っており、もっとロシア語にも磨きをかけて再び旅行したいと思っています。そのときはまたよろしくお願いします。次は、こんなにトラブルは続かないかと思いますので...。

たくさんの楽しい思い出ありがとうございました。

Y.K様 2009年11月
渡航先:フェリーで行くシベリア鉄道3等列車の旅 18日間(+ストのため1日延着)
境港⇒東海(韓国)⇒ウラジオストク⇒モスクワ⇒サンクトペテルブルグ⇒ヘルシンキ⇒関空

無事に予定通り旅行を終え、8/29に帰国しました。

予想以上に英語(と日本語)が通じた事も手伝って特にトラブルも無く、体調面も概ねOK!?でした(食あたりで半日強、寝込みましたが…)。
ただ、タシケントのホテルは少々残念でした…(立地と設備)。

イイ意味で“田舎”な感じで、人間も素朴で親切。対日感情も良好なようで、快適に旅行を楽しめました。

日本語は「通じた」と言うか…ブハラのお土産屋さんが数人、日本語で強烈に売り込みをかけて来たのと、サマルカンドで日本語専攻の学生や教師らに相手して貰ったって感じです。一般に浸透している訳では当然有りません。

写真はサマルカンドの2年に1度開催の音楽祭のモノです。レギスタン広場のど真ん中にステージが設けられ(日中の観光的には邪魔で仕方なかったですが…)、ライトアップされた様子と音楽はナカナカ風情が有って良かったです。

今回の手配に付きまして、日程的に厳しい中、ご対応頂きましたこと感謝しております。
また旅行の機会が出来ました際には、宜しくお願いします。

2009年8月出発 N様
渡航先:ウズベキスタン

ソロフキへの旅でたいへんお世話になりました。ついさきほど(2時過ぎ)無事自宅にたどり着きました。

最後、モスクワ運河からモスクワ港をめざしたところで濃霧のために停船し、モスクワ港へは3時間半の延着となりましたが、それ以外はまったく問題なく、 全行程当初の計画通り進みました。手配してくださった送迎の車や乗船券の受け渡しもすべて須玉様からご連絡をいただいた通り運び、教 えていただいた電話番号等を私が使わなければならない場面は一つもありませんでした。  
船はこれまでの川旅で使ったものの中ではいちばん小ぶりのものでしたが、それだけに乗客乗員が家族的になることができ、最後の晩の集まりでは「最もアク ティブな旅行者」賞という立派な額に入った賞状までいただき、感激しました。それもこれもユーラス・ツアーさんのおかげですので、ほんとうに感謝しています。
これからもまたお世話になる機会があると思いますので、どうかよろしくお願い致します。

2009年8月出発 I.A 様
渡航先:モスクワ・クルーズ観光(キジー島・ソロベツキー島含む)

このご旅行に参加されたお客様の旅行記です。たくさんロシアや旧ソ連地域をご旅行されていますので とても参考になるホームページです。

http://www.asahi-net.or.jp/~ri8a-iskw/

*「星の町」のオプショナルツアーに参加されたお客様の旅行記です。 http://www.geocities.jp/pcsetageo/200986moscow.html

2009年8月出発 T.O.様
渡航先:モスクワ・星の町

いつもお世話様です。お陰様で、本日アエロフロートで無事帰国できました。
有り難うございました。 現地ガイドさんは50歳くらいのアジア系の人(旦那さんがロシア人)でしたが、懇切丁寧に説明してくれました。
トランスファーの送迎もしっかりできていました。
帰りは道路工事の渋滞で30分くらい余計にかかりましたが、出発2時間前には空港に到着しました。
行きの送迎の時でしたが、運転手が税関出口辺りの迎えの行列の方にいなく、なかなか見つかりませんでした。
一時はタクシーかとも思いましたが、念のため空港ロビーの出口の方を探したらネームプレートを発見できました。
深夜のことでもあるので、できれば税関出口の一群の集団の中で待って頂けたらと思います。ペチェルスカ大修道院は圧巻でした。ミイラがよく保存されていて、老若男女の信者がろうそくをもち、十字を切りながら棺のガラス窓にキスをしていくのを見て、ロシアとはちょっとちがった印象をもちました。
ロシアより若い信者が圧倒的に多く、ウクライナ人は敬虔深い印象を受けました。また 教会自体も明るい雰囲気がありました。キエフは外務省渡航情報に書かれているほど治安は悪くない感じでした。(注意は必要でしょうけど)
プラハは地下鉄、トラムが便利で、治安もよく個人旅行にはなんら問題ありませんでした。ただ、カレル橋が片側工事中で半分の道幅しかなく、景観も台無しで残念でした。プラハ城のヴィトー大聖堂は朝10時前に行ったのですが、ものすごい行列で中に入るのを断念しました。そのほかはほぼ予定どおりで、天候もよく快適な観光ができたことに満足しています。
キエフもプラハも日中は30度近くになり非常に暑かったでした。まずは簡単な報告まで。いろいろアドヴァイス有り難うございました。

2009年8月出発 ヒロ様
渡航先:キエフ・プラハ

事前の旅行手配、色々とありがとう御座いました。
お陰さまで、ロシア入国・出国手続きを始め、総て順調に進みました。

運良く天候も晴れの日が続き、姉の案内でクレムリンを始めモスクワ市内及び、セールギエフ・パサード観光、美術館や博物館を巡りを堪能してまいりました。

比較的治安の良い都市なので良いところなのですが、車が信号を守らないのがツーリストには怖いところですね。
メトロにも乗りましたが、ドアが閉まる際は急に激しく勢いよく閉まる為、駆け込み乗車は命がけと察し止めました。(笑)

そんなこんなで、キリル文字に慣れ始めた頃に帰国いたしましたので、次の機会は是非サンクトペテルブルクに行ってみたくなりました。
その際は、またよろしくお願い致します。

(写真は夜の赤の広場です、ライトアップされて綺麗ですね)

N.Y.様 8月出発
渡航先:モスクワ


この度は、ご手配ありがとうございました。
エルブルースの西峰+東峰の両方目指していましたが、
入山当日から天候が崩れ、西峰の一回目で強風に阻まれ、
敗退、下山予定日の18日にようやく2回目の挑戦で登頂しました。

頂上付近の視界は全くなく、立ったに過ぎませんが、
兎にも角にも、 エルブルース山頂に立てたことには変わりはなく、ありがとうございました。


2009年7月出発 M様
渡航先:エルブルース登頂


無事帰国しました。
特にトラブルはなく、手配していただいた通りで順調でした。
お陰さまで天気にも恵まれまして(むしろ暑いくらい)、 色々と観光できてよかったですが、とにかく歩き疲れました。
あまりに多くの情報が入ってきましたので、 ゆっくり消化した上で、また訪問したいと考えております。
今後とも何卒よろしくお願い致します。

2009年4月出発 T.T様
渡航先:モスクワ・ペテルブルク

この度は大変お世話になりました!

1人で飛行機に乗るのは始めてで、しかもロシアなので不安でいっぱいでしたが、担当の方がとても親切な方でロシア事情をいろいろと教えてくださっていたので、安心して旅たつことができました。
空港は外国の人ばかりで日本人の女の子が1人でいるのはすごく浮いていたのですが、無事に入国審査も済ませ知人にも会うことができ、旅行中も特にトラブルはなく楽しい旅と終えることができたので本当に感謝しています。

5泊7日でモスクワ、スーズダリ、ウラジーミルに行って来たのですが、中でもスーズダリが1番印象的でした。
とてものんびりした田舎町のようなところでゆったりと時間がながれていて、中世の雰囲気を残すために町全体が保護されているらしく、どこを見ても見ごたえがありました。まだ雪が降っていたので、真っ白な中にロジュジェーストヴェンスキー聖堂の青い屋根がとてもキレイに映えてました。スーズダリへはウラジーミルからタクシーで行って、帰りはバスに乗ったのですが、バスは寒い中30分くらい待ったのでスーズダリに行くにはタクシーのほうがいいかもしれません。。。そんな高くなかった気がします。

モスクワでは、クレムリン、赤の広場、トレチャコフ美術館、モスクワ大学、雀が丘…などに行ってきました。赤の広場でレーニンを見ようと思っていたのですが、冬季はお休みみたいでした。でもプーチンのそっくりさん(?)に会うことが出来たので結果良かったです。

また、ロシアは食事が本当においしかったです!初日にホテルのレストランで食べたら値段が高くこのままでは破産すると思ったのですが、地元の人が行くようなお店に入るようにしたらとてもリーズナブルでおいしい◎ガイドブックに載っている有名なものはほとんど食べました。日本に戻ってからもロシアの味が忘れられなくて、ボルシチとピロシキを作ってしまうほどでした。ロシアのサワークリーム買ってきておいて良かったです。あと、アルバート通り付近にあるゴーゴリ・モーゴリというカフェはおすすめです◎

怖いイメージのあったロシアでしたが今回行ってみてとても魅力的な国だと感じました。ロシアの人たちは顔は怖そうだけど親切な方ばかりでした。行ったときは3月だったので今度は夏にも訪れてみたいと思います。そのときはまたユーラスツアーズさんを利用させていただきたいと思っています。
本当にありがとうございました!

E.S.様 3月出発
モスクワ・ウラジーミル・スズダリを巡る旅

初めてのロシアでしたが、とても愉しく旅をして参りました。
目にするもの、体験することの全てが新鮮で、計十日間の車中も、退屈することなく過ごせましたし、列車でなければ、言葉の話せない私たちが、ロシアの人々と交流することはできなかっただろうと思います。お友達もできました。
ロシアはあまりに広大で、未知で、自分のものさしでは測れないところがあり、単に「愉しい」の一言では語れない二週間でした。
当初は無理ばかり申し上げてしまいましたが、ホテルも綺麗で過ごし易かったです。
慌しくお騒がせな私たちでしたが、出発間際まで連絡をとってくださり、本当に感謝しております。 忘れがたき旅となりました。
明後日からは社会人ですが、有給をとってまたロシアへ行くことを愉しみに、働くつもりです。
その折は、再度お世話になるかもしれませんので、よろしくお願い致します。
どうもありがとうございました。

2009年2月出発 
K.C.様 ご渡航先:伏木→ウラジオストク→モスクワ→サンクト・ペテルブルク→ベルリン 船と鉄道の旅

こんにちは。
ご無沙汰しております。

以前、シベリア鉄道に乗る旅行を手配して頂きました。
メールが遅くなりましたが、シベリアすごく楽しんで帰ってきましたので、 ご報告をと思い、メールを送らせて頂きました。

ロシアは、真の異国という感じですごく興味深い国でした。
料理も美味しく、堪能することが出来ました。
ガイドさんも2名とも親切で、良い思い出を作ることが出来ました。

担当者様には、ロシア初心者の私たちに、本当に親切に対応して下さり、本当に感謝しています。
ありがとうございました。

また、ロシア方面に旅行する際には、ぜひ利用させて頂きたく思います。
では、失礼いたします。
2009年2月 T.T様
渡航先:ウラジオストク・モスクワ(大韓航空で行くシベリア鉄道の旅12日間)


この度はいろいろとお世話になりました!
おかげさまでいろいろと貴重な経験をさせていただきました!3週間はあっという間で色々問題は起こったのですが、周りの方々に助けていただいて乗り切ることができました。けっこう語学の勉強に追われて思ったほど遊びまわれなかったですが、歴史と文化の根付く美しい町を感じることができました。ロシア語はまだほとんど喋れませんがそれでもエルミタージュやコンサートでロシア人料金で入れるようになりました^^;
ステイ先でスヴェトラーナさんには英語でロシアの文化や歴史、政治、そしてご自身の人生観や家族観などのお話をして頂き、とても興味深く聞かせてもらいましたし、ガリーナさんは大らかでいつも愛情あふれる食事を提供していただきました。実はもう一人の同居人も交えてヴァレンチーナさんとちょと色々あり、これから先も受入とか考えてらっしゃるのなら問題になるのかなあと思ったのですが色々な情報をみてるとロシアのお年寄りならではのことなんだと納得しました。でもほんと家族愛に満ちた素敵な素敵なご家族でした^^w

学校も問題が起こったら直に対処するとても信頼性の高いところなのではないかと思いました。人数も非常に少なかったため濃い授業でした。

今回のこの留学でロシアのコンヴァトでの勉強を決めました!とういうことは本当充実した時間を送らせていただいたんだと思います。

色々相談に乗って下さり本当ありがとうございました。またお願いすることがあるかもしれませんがその節はまたぜひお願いします!

2009年2月 K様
渡航先:リデン&デンツ語学学校 3週間

昨年9月のシベリア鉄道ツアーでお世話になりました。
新年も半月が過ぎましたが、いかがお過ごしですか? 

さて、昨年9月17日、ロシアへ向けて出発し、ウラジオストク, シベリア鉄道,モスクワでの滞在、全て順調に過ごす事ができ、10月中旬、無事に帰って参りました。フランス滞在後は香港経由で成田へ帰国し、東京から沖縄までの南下の旅で締めくくりました。

今回のツアー参加において 出発の相談を何度も受けて頂いたり、又、日本を発つ直前まで担当者様には大変お世話になりました。改めて感謝しております。

鉄道で乗り合わせた方々は、車掌さんをはじめ 皆 暖かく、とても友好的で、外国人である私をいつも気にかけてくれました。年齢層も幅広く、 小さな子供からお年を召した方まで乗り合わせていましたので、 まるでひとつの家族のような大きな安心感と共に、 非常に有意義な時間を過ごす事ができました。 ウラジオストクでのガイドの方も 非常に日本語が堪能で、ドライバーの方も とても丁寧に対応して頂き感謝しています。

”ロシア”という国の奥深さにも改めて気づかされた旅となりました。旅でも何事もそうですが、常に好奇心を持って未知の扉を開くのは自分自身を高めてくれますし、とても魅力的ですよね。これからもいろいろな事へチャレンジし続け、出逢いを大切にしていきたいと思っています。語学をもっと勉強し、資金を貯め、ぜひまたロシアへも訪れたいです。

改めまして、”ユーラス ツアーズ”のツアーに申し込めた事、担当者様との出会いに感謝致します。どうもありがとうございました。

遅ればせながらのご連絡、失礼致しました。
厳しい寒さが続きますが、くれぐれもご自愛下さい。

2008年9月 G.A様
渡航先:ウラジオストク・モスクワ・パリ(船で行くシベリア鉄道の旅11日間+追加手配)

アムール川展望台付近昨晩12時頃に、無事帰国いたしました。
希望通りの旅となり、ありがとうございます。

いくつか現地ルポ(?)をお届けします。

* 空港等に関して  
ウラジオストクでは、飛行機からバスに乗り、降りてすぐの狭い所で パスポートコントロールに1時間以上かかりました。  
ハバロフスクでは、荷物を預け登場手続きをするのにかなり時間がかかり、靴を脱いでの検査もありました。 

* ホテルに関して  
「プリモーリエ(ウラジオストク)」はレセプションが感じよく、「1分待ってくださいね」と言われ、 パスポートはすぐ返還されました。

アムール川・ホテル室内より水事情はあまりよくなく、バスタブはありましたが、お湯は褐色でした。  但し、トイレットペーパーは二枚重ねでした。
「インツーリスト(ハバロフスク)」では、パスポート返還は「10時です」と言われ、1時間強 かかりました。
部屋はアムール川が眺められる禁煙室で良かったです。

* オケアン号  
同室者は女性だけでなく、年配の男性も1人いて最初はびっくりしましたがとてもよくしていただきました。
ただ狭い部屋でカーテンもなく、トイレ以外に洗面所もありませんでした(私は特に気になりませんでしたが…)

* トイレ事情  
私はトイレによくいくので、旅に出る場合必ず覚える言葉のひとつが「トイレはどこ?」で、有料トイレは初めてで心配しましたが、一度も料金は払いませんでした。デパートの中とかフアーストフード店の近くとかで無料で入ることができました。

* 気候に関して  
ウラジオストクはとても暖かで、道でボ〜ととてもファッショナブルな女性の様子や子供たちの遊ぶ様子、車の行き交いを眺めたりしていました。  
ハバロフスクは着いた日は風があって寒かったのですが、次の日はとても暖かくて、中央市場の辺りまで歩きまわりました。 アムール川は薄い氷が流れていて、あと少しすれば氷が張るようでした。
ウスペンスキー教会
* その他  
中央市場の屋内で、写真を撮るのやめるように言う人がいました。さんざん屋外・屋内でも撮った後でしたが…

ロシア的かな?と思うこともいくつかありましたが、インツーリストホテルのフロアー担当の女性が、娘さんが国際結婚して日本に住んでおられるそうで 案内してくださったり、お土産をくださったりしました。ドジな私は失敗談には事欠かないのですが(今回もいくつもありました)ひとり旅もそれなりに楽しいもので、1年に1回の贅沢でした。

今後も、ロシア旅を希望される方のために良いサポートを続けていって くださいね。 
本当にありがとうございました。

それにしても日本は寒い…

2008年11月 N.K様
渡航先:ウラジオストク・ハバロフスク


先週福岡空港へノボシビルスクより帰国致しました。
シベリア航空が向かい風の為にインチョン着が少し遅れた為乗り継ぎ時間が短くて間に合わなかったのですがすぐに次の便を用意してくれたので利用しました。
インチョン・福岡間は便数が多いのでその点便利です。毎年来て欲しいとたのまれましたので来年も希望しています。
今後ともよろしくお願い致します。
今回は本当にありがとうございました。


2008年8月 U.Y様
渡航先:ノボシビルスク

「バルト3国の春」(2007年5月)お蔭様で明日、ロシアを出国しヘルシンキへ向かいます。ロシア号では車両には日本人私1人でしたがロシアの方々に暖かく迎えてもらい私も同じ車両の子供達と遊んだりして大変楽しく過ごせました。
ロシアとてもよかったです。
ありがとうございました。
これからも帰国まで気を抜かず旅します。


A.K様 2008.06
渡航先:ウラジオストク・モスクワ・ペテルブルク・ヘルシンキ 

「バルト3国の春」(2007年5月)真っ青の空!中世の面影が強く残る街並み!真っ盛りのライラックやマロニエの花!地平線までも続きそうな菜の花畑!
国中が絵葉書のようなんです。
行って来ましたバルト3国!!帰国して一ヶ月たった今も感動覚めやらずです。

リトアニア出身の現地のガイドさんの母国への熱い思いの伝わる解説もとても良かったです。
長い長い他国の抑圧からやっと独立できた喜びと、これからの国の成長への希望がひしひしと。そして若者の自信に満ち颯爽と街を歩く姿「バルト3国の春」(2007年5月)が印象的でした。
ユーラスツアーズ常連客となっている知人に旅の土産話を何度も聞いていました。
いつの日か一緒に行ってみたかった旅行でした。なんといっても少人数のゆったりした企画が良いです。
実の家族より居心地の良い、家族旅行のような旅でした。
添乗員さんにも大変お世話になりました。思い出深い旅をありがとうございました。
次回の旅への参加を思い、今からワクワクしています。 K.H様 2008.05
渡航先:バルト三国
「バルト3国の春」(2007年5月)


初春に訪れる「モスクワとサンクトペテルブルグの旅」に参加して2008年3月、私たちは夫婦でツアーに参加しました。
私にとっては初めてのロシアへの旅。
暖冬のせいかほとんど雪も無く、集中暖房の完備した室内はどこも日本より暖かく快適なのが最初の驚きでした。

モスクワは「クレムリン」、「赤の広場」という長年ソ連の中心として耳にしてきた場所を体験し、「武器庫」の歴史的な宝の数々に感嘆し、楽しみにしていたバレエ鑑賞に大満足し、そして夜行列車の最新型グランドエキスプレスで贅沢気分を味わいつつ一夜明ければサンクトペテルブルグへ移動というのも魅力の企画でした。


ペテルブルグ市内では建物の美しさや街行く人々の洗練されたファッションに目を奪われ、また冬の宮殿、エルミタージュ美術館など美しさと規模の大きさ、数の多さに圧倒され、その場所で見ることでしか味わえない感動を心に焼き付けました。
オペラはバレエと同様に大人だけでなく着飾った多くの若い人で満席でしたが、日常的にこうした観賞をしているとのこと。芸術的民度が高いことに感心しました。

そのほかにも都度々味わったロシア料理の味もお店の雰囲気も厳選されていて、良い思いでの一つとなりました。どれも感動することばかりで、いつか又訪れたいと思いつつ、細かな気配りをしてくださった添乗員やフレンドリーなロシア人の通訳の方々、同行のグループの皆様などのおかげで、大変楽しい旅であったことをお礼申し上げます。

O.K様 2008.03.09
渡航先:ペテルブルク・モスクワ

お客様の声 Y.J.さん 2007.11.02新潟空港でハバロフスク行きダリアビア航空ツポレフ154-Mに乗り込むやいなやロシアへ向かいつつあることが実感として湧いてきた。傷ついた古い機体、ぼろぼろの座席など、とても日本国内を飛ぶ飛行機では考えられない状態だ。しかし、自国で航空機を生産することの出来た社会主義国ソ連の独特の技術を目の当たりにして興味深い体験となった。

飛行機は日が暮れたハバロフスクに到着し、送迎の車でホームステイ先のニーナさんのアパートに向かう。それはハバロフスク市一番の繁華街“ムラヴィヨフ・アムールスキー通り”の近くにある。その通りは日本の銀座のようにネオンが明るく美しかった。


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