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昨日、モスクワより無事帰国しました。
今回の旅行では本当にお世話になりました。
現地では何のトラブルもなく、とてもいい経験ができて楽しかったです。
本当にありがとうございました。
(追加情報をいただきました)
ハバロフスク発、43号の2等寝台車には220Vのコンセントがありました。
部屋ではなく、通路の窓側に折り畳みの椅子が付いているのですが
そこの上あたりに一つ置きぐらいにありました。
カーテンで隠れてて見つけにくいです。
現地の人たちは車掌さんを気にしながらも、普通に携帯を充電していました。
変換プラグがあれば充電できました。
私たちもカメラや携帯の充電をしました。
今回の43号では、同じ車両にはロシア人しかいませんでした。
日本人も見かけず、ロシアの雰囲気を満喫できて良かったです。
インツーリストでは、据え付け型ドライヤーにシェーバー用と書いてある115Vの
コンセントがありました。これは変換プラグなしでそのまま充電できました。
朝食もビュッフェ形式でおいしかったです。
ヴェガホテルはアメニティがシャワーキャップしかなく、壁に取り付けてある
シャンプーと 手洗い石鹸はありました。が、リンスがなく髪はバサバサに。
設備は綺麗でしたが、石鹸、歯ブラシ、シャンプー&リンスは持参しないといけない感じです。
チェックインの際の登録料はどちらもいりませんでした。
インツーリストは翌日の10時まではパスポートを返してもらえませんでしたが、
ホテルの宿泊カードがあれば外出しても問題ないと言われました。
ヴェガホテルはチェックインの時にすぐ返してもらえました。
シベリア鉄道の車内は暑くて、半袖で十分でした。モスクワに着く前日ぐらいまでは
外は雪が降ってるところもありました。
車内では、モスクワに滞在登録を送るとかで登録料100ルーブルがかかります。
車内では洗顔ぐらいならできました。
トイレもきれいでした。
あと、車内でウォッカを飲んでいるのを警察に見つかると怒られます。
アルコール度数の低いビールやワインは大丈夫だそうです。
キオスクでも売ってました。
タオルもシーツと一緒に1枚配られました。
ロシア人は簡単な英単語も理解できないようでした。
持っていくなら会話集に辞書もプラスすると世間話もできます。
単語を指さして会話できるのでお薦めです。
ロシアの人はみんないい人で、食べ物もおいしくて素敵な国でした。
また行きたいと思える旅行になりよかったです。
いらない情報も沢山付け加えてます(笑)。
参考になればうれしいです。
2012年4月 Y.K様
渡航先:シベリア鉄道の旅(ハバロフスク⇒モスクワ 列車43号)
今回のシベリア鉄道全線走破の旅につきましては、大変お世話になりました。
この旅行は、長い間の私の夢であったものの、私自身が初めての個人の海外旅行であり、旅行全体で15日間(シベリア鉄道旅行の期間が9日間)の長期にわたり、かつ、ロシア語が全く分からないため、計画した頃から不安な思いを抱きつつ貴社に相談し、実行したものでした。
幸いにも、貴社の親切で適切なアドバイスや旅行中のサポート、現地スタッフの皆さんのおかげで、とても充実した15日間を過ごすことができました。
あらためてお礼申し上げますとともに、今後の参考になると思いますので、シベリア鉄道の旅の様子をご報告します。
(旅のプラン)
私の場合、全線で約9,300kmあるシベリア鉄道のうち、モスクワからイルクーツクまで4泊5日(約5,200 km)の前半とバイカル湖とイルクーツクで2泊した後、イルクーツクからウラ
ジオストックまでの3泊4日(約4,100 km)の後半の2つに分けて旅行しました。
結果的には、2つに分けたことが旅の疲れも感じることなく、シベリア鉄道の全線走破の旅を楽しいものにしたと思っています。
また、旅行を終えたとき、前後半の2つの内のいずれかを選択しても、シベリア鉄道の旅の楽しさは充分に味わえるように感じました。
(車窓からの風景)
列車の窓から見える風景は単調で変化がないと聞いていましたが、私の場合、本当に何時間眺めていても、見飽きることなかった様に思います。
前半の列車の車窓からは、兎に角、山一つ見ることなく列車の両側とも地平線の彼方まで黄色く色づいた平原が続き、その中に白樺の森や並木があり、大小幾つもの村や丘の上の教会などがあり、まるで物語から飛び出した様な風景が次から次へと変化していくのを飽きもせずに眺めて過ごしました。
また、後半の列車の車窓からは、少し山間を走るせいもあり、大小の川や湖沼、更に草原、遠くの山並みと風景に変化があり、のんびりと草を食む牛や羊の群れなどが見かけられました。そして、全線を通じて駅舎がそれぞれ個性的で綺麗なのに驚かされ、駅舎を見ることも楽しみになりました。
更に、シベリア鉄道全線を通じても、私の経験では、トンネルの数が10にも満たなかったと思います。日本では全く考えられない驚きでした。
(列車の中での過ごし方)
基本的には、消灯時間中以外は自由です。いつ食事をしようが、コーヒーを飲もうが、食堂車に行こうが自由です。もちろん向かいの人に気を遣うこともない様でした。(後半の列車では特に強く感じました。)また、上段の寝台の人は、食事をするとき以外は上段で過ごすことが基本のようで、下段の人からの許しがない限り、昼間でも上段の寝台で過ごしていました。
シベリア鉄道を利用する場合は下段が絶対に便利で、楽だと思いました。
私の場合、車窓から外の景色を眺めたり、横になって本を読んだり、クロスワードパズルをしたり、同室のロシアの人とミニ会話集を利用したコミュニケーションを楽しみながら過ごしました。退屈さを感じることは、殆どなかったように思います。
(列車の中で役に立ったもの)
事前の情報収集により色々なものを持って行きましたが、それらの中で特に役立ったものをあげてみます。
・時刻表・・・貴社からいただいたシベリア鉄道の時刻表は、現在地の確認や次の停車駅の時刻や停車時間、更には時差などが把握でき、大変参考になりました。また、掲載されている地図を見ながら同室のロシアの人とのコミュニケーションにも役立ちました。この時刻表は、シベリア鉄道の旅をする際の必携書だと思います。
・保温ポット・・・列車内では、お湯は車内にあるサモワールからいつでも確保できるので、カップ麺を食べるときやインスタントコーヒーを飲む際に役に立ちました。また、お湯が冷めてもそのまま飲料水としても使えました。
・お土産グッズ・・・車両内の人と仲良しになるのに、大変役立ちました。私の場合は、日本製のキーホルダー、チョコレート、キャンディー、おかきなどを持っていたために、コンパートメントの同室者や車内の子供たち、また車内で親しくなった人などにプレゼントし、喜ばれました。
・カップ麺等・・・ロシアの食べ物にも色々チャレンジしてみましたが、やはり時には日本で食べていたものが恋しくなります。そんな時日本製のカップ麺、インスタントコーヒー、お菓子等があれば、食べ物に対するストレスの解消に役立ちます。また、コンパートメントの仲間にプレゼントして喜ばれました。
・空気枕・・・寝台で寝るときに使う空気枕は、寝るとき以外でも、本を読むときのクッションとしても使え、長い列車の中で過ごすときに意外と重宝しました。また、携行品としての荷物にもならず、持ってきてよかったと思いました。
・ウェットティッシュ・・・ロシア製のお手拭は乾燥していたので、持参したウェットティッシュは列車の中で食事をするときに役立ちました。また、トイレを使うときには、便座を拭くのにも役立ちました。
これらの外、紙コップを持参しましたが、紙コップよりプラスチック製のマイカップの方が便利です。また、スプーン、ホーク、果物ナイフなども持っていった方が良いように思いました。
(汽車の中のトイレの使用方法)
汽車の中のトイレの使用方法のコツを覚えるのに少し時間がかかりました。何故なら、洗面所を兼ねているために1人当たりの使用時間がまちまちなうえ、駅に近づくと、使用できなくなるからです。
トイレをうまく使用するためには、あらかじめ時刻表で使用時間帯をチェックしておき、早めに用を足すとか、車両の通路で窓の外の風景を眺めながら、トイレの使用状況を観察しておくとよいと思います。食事後や朝晩などのときには首にタオルをかけトイレのそばの通路で待つことも良いと思います。そうすれば他の乗客は、1車両に2つあるトイレのうちのもう一方を使用するようになるからです。
(列車の停車時間の活用)
最初に4泊5日の列車の旅をイメージしたとき、『5日間も列車に乗りっぱなしで、大丈夫だろうか?』と心配しました。ところが実際に乗ってみると、その心配は杞憂に終わりました。
何故なら列車は、何時間か毎に20〜30分間停車する駅があり、その停車駅に着くと乗客たちはサンダル履きで下車し、散歩したり、飲み物や食べ物を買ったりしながら自由に過ごすことができるからです。
私も、あらかじめ時刻表でチェックしておき、外の新鮮な空気を吸ったり、コーラやピロシキなどを買ったりしました。結果的に汽車の中のストレスの解消に大いに役立ちました。
(食堂車の様子)
ロシアの人たちは、車内での食事は殆どが持ち込みの物で済ませます。食堂車を利用するのはもっぱらロシア人以外のヨーロッパの人たちです。従って、私が利用したときにも、必ず空いている席がありました。
最初に利用したときに、メニューをお願いしましたが、すべてがロシア語で、メニューの内容を理解することができませんでした。ただ、たまたま持っていたロシア語のミニ会話集の中にロシアの代表的な料理の紹介欄があり、ウエイトレスの人がそれを見つけて、できる料理を教えてくれました。
2回目以降は、その会話集を持参しながら、いろいろなものを注文しました。
値段も味も手ごろな感じで、結構列車の中でもロシア料理を味わうことができました。
(汽車の中の同室者とのコミュニケーション)
シベリア鉄道の旅の醍醐味は、同じコンパートメントのロシアの人たちとのコミュニケーションにあると思います。しかも、このメンバーは、列車に乗るまで全く分かりません。私の場合は前半がどういうわけか2等の2人用のコンパートメントで、ロシアの若い空軍兵士でした。後半は最初が3人で途中で2人になり、最後は4人で過ごしました。
同室者とのコミュニケーションは、相手にもよると思いますが、私の場合は最初に1対1だったために、かえって他の人に気を配る必要なくミニ会話集を使いながら、徐々に親しくなっていきました。そのうち時刻表の地図を見ながらお互いの生まれた場所を指し示しあったり、一つの単語の日本語とロシア語の発音レッスンなどを行いながら、時間をすごしました。また、こんなときに日本から持ってきたお菓子やキーホルダーが役に立ちました。
同様に車内の通路では、ロシアの子供たちがよく遊んでいます。そんな子供たちにもキャンディーは好評で、すぐに仲良しになれました。
もうひとつ感じた事は、簡単なロシア語辞書が有れば、更にいろんな会話ができたのにと思ったことです。今度乗る機会があれば、そうしようと思います。
(終わりに)
旅行から帰った今でも「今回、シベリア鉄道の旅をして、本当に良かった。」と思っています。
果てしなく続く平原の中を走る列車の車窓の中から幾日も外の景色を眺め続け、時間に拘束されていた日本の日常と異なる過ごし方が体感できたことも嬉しく感じられましたが、何よりも、同じ車両の中で、生まれも育ちも言葉も考え方も違う普通のロシアの人たちと親しくなり、楽しい時間を一緒に過ごすことができたことは何にも代えがたい貴重な体験だったように思います。
また、機会があればシベリア鉄道に乗ってみたいと思います。
本当にありがとうございました。
2010年8月 H.A様
渡航先:シベリア鉄道全線走破の旅(モスクワ⇒イルクーツク・リストヴャンカ⇒ウラジオストク)
8月27日無事ロシアから日本に帰ることができました。
訪露の間のプランをたてて頂きありがとうございました。
トラブルに巻き込まれこともなく、非常に楽しいものでした。
ロシア人は純粋で優しく、人なつこい人達ばかりで、日本人とは違う温かさを私は感じました。
将来、またロシアに行きたいと考えていますので、その際もよろしくお願いします。
2010年8月出発 S.H様
渡航先:モスクワ・キーロフ
昨日、安心安全な旅を終え、無事に戻りました。篤くお礼を申し上げます。
K様がご作成されたグーグル・アースのカルタ(地図)が威力を発揮しました。
最初の目的地ウシトベでは、お会いしたい方にお会いできて、とても嬉しかったです。
どこかのホームページでは、コリョサラム(ソ連系朝鮮人)の方は日本人にあまりいい感情はないと書いてありましたが、バザールのコリョサラムの方たちは私が日本から来たと言うと、とても驚いたようですが、親しげに話しかけられました。
お野菜を売っていたのは、大半がコリョサラムのご年配の方でしたが、ごく少数でしたが慎ましやかな若いチェチェン人女性もいました。
このあと、レプシーから17キロのバルハシ湖岸に出ました。こちらは、前回は雨のため、あまり景色はすぐれませんでした。今回は、晴れていました。
ここのバルハシ湖は、西部バルハシ湖と同じく水の色は緑で、透明度は低かったです。もちろん、水は綺麗ですが。少し期待はずれでした。
アクバリク、ブルトベは、ともに廃村で、グーグル・アースのカルタを頼りに近辺まで行き、あとは地元の人に尋ねてバルハシ湖岸に出ました。
このあたりのバルハシ湖は、水の色はブルー、そして透明で底が見え、まさに息をのむ美しさでした。
西部バルハシ湖とは、全く違っていました。
翌日訪れたカラシガン、こちらは見つけるのにかなり難儀しました。
グーグル・アースのカルタを頼りに、まずテレバエフ村まで行き、そこで地元の人に尋ね、やっと見つけました。
こちらは、ソ連時代は人が住んでいましたが、今は廃村でした。カラシガンでは、湖畔に赤紫色の花が咲乱れ、とても美しかったです。
運転手のペトロフさんは、運転がとても上手です。
私は運転が下手なので、とてもそのことがよく分かるのです。
お料理は、ウシトベでコリョサラムの方から買ったお野菜を使ったのですが、とても美味しかったです。
以前行ったアラコリ湖と、バルハシ湖を比べてみます。
カザフの方は、イシククル湖よりバルハシ湖の方が、バルハシ湖よりアラコリ湖の方が、綺麗だと言います。
アラコリ湖は、不思議な色をして神秘的です。水そのものの色は、アラコリ湖の方が、美しいかも知れません。
しかし、バルハシ湖のスケールの大きさ、また周囲の景観を考慮に入れると、私はバルハシ湖の方が好きです。
今回の旅行で感じたのは、一つの旅行のプランを作成するのに、K様はとても細かく慎重にされていると感じました。
あらためて、お礼を申し上げます。
ペトロフさんは中央アジアの大半の湖に行かれているようで、その点でも色々とお話を聞くことができました。
イシククル湖は、北岸は幹線道路が湖から離れているけど南岸は湖の近くを通るから、行くなら南だとか、タジキスタンのイスカンデル湖はとても綺麗で、今はタジキスタンは治安は心配ないとか、とても興味深いお話でした。
2010年8月出発 B.T様
渡航先:東部バルハシ湖(カザフスタン)
昨日、無事に帰ってきました!
昨日、2時半、予定より少し早く成田に着き、夕方には全員無事に、都内の家庭に帰り着きました。
ごめんどうなお願いが多く、旅行社にはメリットの少ないグループでしたのに、ていねいにお世話いただけたことを嬉しく思っています。
アナスタシアさんは学生アルバイトでしたが、帰国の日も早く来てくれて、たいへん助かりました。行きのバスで、「サーカス」について聴きましたら、あとで電話をくれて、実施日と料金を教えてくれたので、自分たちで予約して、楽しむことができました。
アムールスキー・ザリーフは中国人でいっぱいでした。ホスト・ファミリーのダーチャに1泊した以外はここでしたので、よく休み、フロントにもいろいろとお世話になって、まずまずの居心地でした。
知り合いの一人がジェツキー・ラーゲリの指導員でしたので、そこを見学することができました。(到着直前にOKが出ました。)
ホスト・ファミリーのお誘いで、ヨットでルースキー島へのクルージング・海水浴に出かけました。
いろいろな方とのご縁で、ウラジオの一週間をたっぷり味わって帰ることができ、皆さんも、「また来たい!」と言っております。
ご連絡が遅れてすみませんでした。厚くお礼を申し上げます。
2010年8月出発 S様グループ 8名様
渡航先:ウラジオストク
前略、長期にわたり、私達のために計画して頂き有難う御座いました。
お陰さまで大変楽しい旅が出来ました。天候にも恵まれ、初日ハバロフスクで、にわか雨にチョット遭っただけで
後は帰りまで青空の見える、快適な天候でした。
ダチャーを2箇所訪ね、バイカル湖の畔、観光電車に乗り(満席)ビザ番号必要でしたが、楽しいかったです。
何処の国から来ているか、チェックしているそうです。シベリア鉄道の本線で休憩があり、長いホームと貨物、人の流れの写真を撮っていたら、昔のように注意されました。帰りの富山着も快適な空の旅で、小さい飛行機での揺れもなくベストでした。小人数の旅、食事も地元の人の案内ですから楽しいでした。ホテルはシーズン前なのか、宿泊客は少なく
使う人が少ない為と思われますがお湯の出が悪く、3日間は水のシャワーでした。新緑が素晴らしく、ライラック、
りんご、梨の花が満開で、周囲は甘酸っぱい匂いで気持ちが良かったです。
本当に色々有難う御座いました。またお願いすることも有ろうかと思いますが、その折はよろしくお願い致します。
まずは、お礼まで 有難う御座いました。
写真は、ロシアの友人宅のお母さんが私たちのために、作ってくれた、家庭料理の数々です。
大変おいしく、レストランの味以上でした。全部手作りでハムは市販です。
もう一枚はイルクーツク市内の教会に咲くリンゴの花です。いつも8月ごろに訪ねると、濃い色の葉っぱの木としか判らず
初めてリンゴの木と分かりました。
2010年6月出発 O様
旅行はとても内容豊かで充実した旅となり、心から感謝しております。どうもありがとうございました。
ここでは今回の旅について、その人生上の意味を中心とし、観光等の中身は簡単に記させて頂きます。
写真等も沢山ありますが、文章のみとさせて頂きます。
2010年5月出発 M.S様
I.ユーラスツァーズとのつきあい
ユーラスツァーズにはЯСТБ(日ソツーリストビューロー)時代を含めて今まで5回お世話になりました。
■ 1979年 〔「ソ連・東独・視察の旅」、新潟〜、ロシア6都市と東独4都市、4週間〕
※ 初めての外国旅行。不安に満ちながら、妻と珍道中。初日からトラブル。ЯСТБの担当者がたまたまハバロフスクにツァーの添乗員として来ていたのでとても助かった・・・
■ 1981年 〔「ロシア語会話ゼミナールの旅」、横浜〜、レニングラードでの2週間とターリン・キエフ、4週間〕
※ 2回目の旅でもあり、団体旅行なので実に気楽だった・・・
■ 2004年 〔「バリトン歌手フョードルとの12年ぶりの再会の旅」、千歳〜、ハバロフスク・ホームステイとウラジオストク・ユジノサハリンスク、2週間〕
※ 北海道合唱団とハバロフスク合唱団が札幌で共演〔「ロシア民謡とロシア歌曲の夕べ」〕。・・・12年後に再会したとき、フョードルはオペレッタ劇場の主任ソリストとして活躍していた・・・
■ 2008年 〔「デカブリストの妻たち・研究の旅」、稚内〜コルサコフ〜ペトロフスク・ザバイカーリスキー、2週間〕
※ デカブリストの11人の妻たちの一人ムラヴィヨーワはシベリアのペトロフスキー・ザボート〔現・ペトロフスク・ザバイカーリスキー〕で1832年に28才で亡くなり、今でもそこに眠っている・・・
■ 2010年 〔「ターニャとの32年、一つの締めくくりの旅」、千歳〜、ノボシビルスクとイルクーツク、2週間〕
※※※ 1981年の旅のみЯСТБの企画旅行〔団体〕で、他の4回は手配旅行〔個人〕でした。
U.今回の日程の確定
今年は札幌市とノボシビルスク市の友好都市20周年の年であり、札幌市の企画ツァー〔6月22〜28日〕が組まれるので、それに参加しようと考えていたのですが、日程などに不満があるので、個人旅行にしました。そして最初は新潟〜ハバロフスク経由で考えたのですが、ロシア国内の飛行機便には不便が多く、鉄道も使わざるを得ず、イルクーツクでは1泊しかできず、満足できるような日程を組むことができません。
ユーラスツァーズの担当者とメールでやりとりしながら、色々調べて頂き、最短の経路となり、経費も大幅に減り、合理的な日程になったことを感謝しております。
■ 2010年の日程は5月25日千歳発⇒ソウル(乗り継ぎ)⇒北京(1泊)⇒ノボシビルスク(6泊)⇒イルクーツク(3泊)⇒北京(乗り継ぎと仮眠)⇒ソウル(1泊)⇒6月6日千歳着となりました。北京とソウルは初体験でしたが、何とかこなすことができました・・・
V.今回の旅行の意味
今回の旅行は1979年と2008年の旅の続きと締めくくりの意味をもつ旅でした。
32年前(1978年)、日ソ協会〔現・日本ユーラシア協会〕札幌支部にノボシビルスク大学日本語科のターニャという女子学生から「日本語研究の手助けを・・・」という手紙がきて、僕が引き受けることにし、文通をしました。ロシア人との初めての付き合いでありました。そして翌年の旅行の際、レニングラードで5日間、彼女は「ガイド」として色々と世話をしてくれました・・・
・・・長い年月が経過し、再びロシア語を勉強しようと、2005年からユーラシア協会札幌支部のロシア語応用講座に通いました。先生はノボシビルスク大学日本語科出身のエレーナ先生で、ターニャの3年先輩でした。
2007年の5月に、ターニャと再会するための捜索を始めました。ターニャの消息は不明だけれど、彼女の同級生・ナターシャがノボシビルスク大学日本語科で教師をしているということがわかりました。9月にインターネットでターニャの出身地であるアラパエフスク市の高校を調べ、そのうちの9校に手紙を送りました。そして10月に、彼女の夫の母親からの手紙で、ターニャの消息がわかりました。彼女は1986年に息子を産んだ3日後に28才で亡くなっていました。「30年ぶりの」再会は不可能になりました・・・〔⇒2008年の旅⇒2010年の旅〕
2009年4月、10年以上札幌でロシア語教育に携わってきたエレーナ先生は、病気のお母さんを世話するために帰国し、ノボシビルスク大学の日本語教師になりました・・・〔⇒2010年の旅〕
今回の旅は今までの人生の半分を占める32年間の歴史に一つの締めくくりをつけることが大きな目的となりました。
W.ノボシビルスクでの7日間とイルクーツクでの4日間
ノボシビルスクでは都心から30Km離れた森の中の学園都市・アカデムゴロドクのホテルに滞在しました。エレーナ先生には空港〜ホテル間の送迎を含め、連日いろいろとお世話になりました。ターニャが住んでいた学生寮を見、大学で日本語学生たち〔2年生と3年生〕の期末試験を見学し、学生たちに「日本史」や「一休さん」などの視聴覚教材〔日本のDVD〕をプレゼントして交流、エレーナ先生のお母さん宅と妹さん宅訪問、歴史研究所付属博物館・シベリア鉄道〔野外展示〕博物館・ノボシビルスク郷土資料館の見学、などなど・・・・・・
一週間はあっという間に過ぎ、イルクーツクに向かいました。31年前の旅ではバイカル湖などしか見てこなかったので、今回はシベリア史やデカブリストなど歴史関係のものを見たいと思っていました。それで、イルクーツクの旅行社に、2日間の日本語ガイドを予約して行きました。プロのガイド〔イルクーツク外国語大学の教師〕はどうしてもはずせない所要ができたということで、「最も優秀な女子学生」を推薦してきました。
そして、偶然とは思えないような奇跡が起こりました。僕の目の前に現れた女子学生は、1979年にレニングラードの駅のホームで待っていたターニャと同じ4年生で、名前もターニャでした・・・奇しくも、このイルクーツクでのターニャとの予期せぬ「再会」により、ようやく、心残りのない締めくくりをつけて帰国することができたのでありました・・・・・・
※ イルクーツクではデカブリスト博物館〔2つのうち「トゥルベツコーイの家」は工事中だったので「ヴォルコンスキーの家」のみ〕・歴史博物館・郷土資料館・郊外のシベリア木造建築物〔野外展示〕博物館の見学、などなど・・・
昨日帰国しました。
ロシアのツアーはお陰さまで大変スムーズな、そして楽しい旅になりました。どの立ち寄り先でもチャンと出迎えがボードを持って待っていてくれました。また迎えの人たちがとっても気を使ってくれて、気持ちの良い旅でした。本当に有難うございました。ロシアからエストニア、北欧4カ国、ドイツ、チェコ、ハンガリー、クロアチア、オーストリア、最後にフランクフルトから飛行機で帰国しましたが、ロシアと違って駅到着後インフォーメイションセンターでのホテル探し、あるいは事前にパソコンでの予約を行う、という旅を続けましたが結構面白い、変化に富んだ旅になりました。出発前は色々な人が昔のイメージでロシアの旅行は大変だ!と言っていましたが、結構穴場だと思いました。頑張ってください!では、取り敢えず御礼のメールを送ります。
お元気で!
2010年5月出発 K様ご夫婦
渡航先:ウラジオストク・ハバロフスク・イルクーツク・モスクワ・ペテルブルク
カザフスタンのマンギスタウ地方、トルクメニスタンのバルカン地方は、毎日雨でした。
しかし、私たちがカラボガズゴル湾(弊社注:カスピ海東部ある湾/トルクメニスタン内)に出た数時間は快晴でした。
キャナルの色は、エメラルドグリーン、コバルトブルー、濃いブルーが、織り成しており、その美しさは、筆舌に尽くしがたいものがあります。
カラボガズゴル湾は、海の喉の黒い湾、という意味ですが、まさにその通りです。湾内の塩分はとても高く、海水は不透明で、浜辺の砂の色により、鉛色に見えます。
キャナルが、湾に流れ込む砂洲の最先端まで、行きました。
今回の現地手配旅行社は、昨年と同じでした。
ドライバーは、昨年と同じミハイルさん、ガイドは日本語のできる方でした。
グーグル・アースで調べて行ったこともとてもよかったのですが、本当に、ご担当者様の「かゆい所に手が届く」という細かいご配慮により、
カラボガズゴル湾を思い残すことなく観光できたことに対して、篤くお礼を申し上げます。
朝食、夕食は全て、あのリェイラさんがいたカフェーでとりました。
残念ながら、リェイラさんは現在アクタウ・ホテルで働いているとのことです。また、オリガさんは、クラスノヴォーツクの病院に入院しています。
現在、このカフェーはアゼルバイジャン人夫婦がやっていました。リェイラさんのお兄様がここのお店の常連で、私たちと一緒に食事をとりました。
ベクダーシュには、ジェネットというホテルがありました。
水の全く出ないホテルで、宿泊客は私一人のみでしたが、寒さはなんとかしのげました。
なお、インチョンからアルマトゥィ、アルマトゥィからアクタウまで、日本人ツアー客と、一緒でした。
カザフスタンのマンギスタウ州は、とても見所が多いようです。ただ、毎日雨だったのではと、思いますが。
今回は、ドライバーのミハイルさんなしでは、あのぬかるみの国境地点までの運転は、無理だったのかと思います。
ミハイルさんは、会社一のドライバーとのことです。ガイドさんも、日本語のガイドで本当によかったです。
文章が長くなってしまいましたが、有難うございました。
今度は、夏に向けて、東部バルハシ湖を調べていきます。
2010年4月出発 B.T様
渡航先:カラボガズゴル湾、ベクダーシュ(トルクメニスタン)
サンクトペテルブルグツアーでは大変お世話になりました。
無事に3月31日に帰ってきました。お礼の報告が遅れて申し訳ありません。
本当にとてもすばらしい旅行でした。
何から何まで、いろいろなアドバイスのおかげで、無事に息子の試合を観戦し、また、エルミタージュ美術館に酔いしれ、おいしいボルシチを毎日食べて、
聡明なアナスタシアさんのすばらしいガイドで、サンクトの町中を散策しました。
(貴重なキャビアもゲットできました!)
サーカスはとても素敵で楽しく、バレエは華麗で優雅でした。
ホテル(弊社注:グランドホテル・ヨーロッパ)もすばらしく、セキュリティやサービス、立地も最高でした。
帰りはテロの影響か、飛行機にロシア警察が乗り込んできたりしてちょっと心配しましたが
遅れながらも無事に出国でき、2ダースのマトリューシュカとともに、日本に帰ってきました。
本当にありがとうございました。ぜひまた、今度は5月からのシーズン中に訪れたいです。
その時はもちろんユーラスツアーズさんにお願いしますのでよろしく!
では、これで失礼いたします。
2010年3月出発 O.A様
渡航先:トロイカフリーツアー「フィンランド航空で行くサンクトペテルブルグ6日間」
@旅の途中ヘルシンキからのお便り
お世話になりました、N.Yです。
只今、ヘルシンキのユースホステルに宿泊しています。
連絡が遅くなってしまいましたが、2日前に無事、ロシア国内のツアーを終えました。
今回、シベリア鉄道内で一年間の兵役を終えたロシアン・アーミーたち(?)数十名と寝食を共にしました。ビビる間もなく仲良くせざるを得ない状況でしたが、よくあることなのでしょうか?いずれにせよ、うっとおしいくらい人懐っこく(腹の立つことも度々ありましたがそれ以上に)心の優しい彼らのおかげで、すごく充実した楽しい7日間でした。
ただ、私が通り過ぎたあと、モスクワーペテルブルグ間の電車でテロが起こってしまったようですね。
日本の方からのメールで知り、驚きました。私は楽しい体験ばかりですが、やはりここは海外。不可抗力も含め、何が起こるか分かりませんね。
改めて気をつけたいと思います。
この度は本当にお世話になり、ありがとうございました。
おかげさまで大きなアクシデントもなく、ロシアで楽しく過ごすことができました。
とは言え、私はこれから欧州を南下し、ひと月程周遊する予定ですので、まだまだ始まったばかりです。
年末頃に帰る予定ですので、そのときにご迷惑でなけば、また無事を報告させていただきます。
それでは。
お忙しい中、失礼いたしました。
A日本帰国後のお便り
あけましておめでとうございます。
昨年のロシア・シベリア鉄道ツアーに際してお世話になりました、N.Yです。
12月30日に日本へ無事帰って参りましたので、遅ればせながらご報告いたします。
ロシアを出国後、ヘルシンキを皮切りに北欧、ドイツの各主要都市をまわり、アムステルダム、パリ、と巡り、バルセロナから帰ってきました。
一月半ほどのヨーロッパ周遊でしたが、短かったですねー。各都市の滞在が長くても3泊程度と、まちの隅々まで楽しむ余裕がなかなかできませんでしたね。後半は残り日程と行きたい都市とのにらめっこで、とにかく大急ぎの旅でした。
それにしても、向こうの都市は街並みが美しく、多くの感動する景色に出会いました。
ロシアの重厚な建物、コペンハーゲンのメルヘン風の家並み、ベルリンの近代的な建築群、雪の中のノイシュヴァンシュタイン城、アムステルダムのレンガ造りの集合住宅・・・などなど、さまざまな風景が印象に残っています。道路や歩道はタバコやゴミが多く決してほめられたものではありませんが。。。笑
当たり前ですが、日本とは文化も全然違いますよね。
電車に乗ったり、レストランに入ったり、スーパーで買い物をしたり・・・何でもないことですが、1つ1つが欧州の文化に触れる体験となり、毎日が新鮮でした。
ペテルブルクや北欧では、夕方4時くらいですでに真っ暗だったのには驚きました。
また、主にユースホステルを利用した旅だったので、そこで出会ったさまざまな旅行者たちと会話をしました。日本人の方もずいぶんいらっしゃいましたね。
私は英語があまり話せないので、流暢な英語が聞き取れず、悔しい思いもしました。ロシアン・アーミーたちとはカタコト同士でうまくいっていたんですけど・・・笑
彼らから教えてもらったロシア語(ダー、ニェット、ポニョ・・・etc)もなかなか抜けませんでしたね。
いずれも楽しい思い出です。
ですが旅の最後、バルセロナにおいてカード盗難(1枚)に遭ってしまいました。
警察を名乗る男たちに「財布を見せろ」と言われ・・・という古典的な手口です。
最後の都市に着いたという安心感や、それまでに何もなく一月半を過ごせてきたことなどから、気の緩みがありました。。。もう、本っっっ当に情けないですね。
おかげで、スペインの警察にお世話になるという、貴重な経験ができました。笑
その時点で日本へ帰る航空券の手配をしていなかったので焦りましたが、現地の旅行会社に現金での手配を頼み、難なく帰国することができました。
こういったときの対処が必要なことも一人旅の醍醐味、覚悟の上、、、、これでやっと一人前かなー、なんて今となっては言えますが。
今のところ、被害額もなく、もし被害があっても保険でなんとかなるかな、とのんきにしています。
とりあえずは、一度も体調を崩すことなく、無事で帰国できたことが何よりです。
楽しかったこともたくさん、困ったこともたくさん、いずれにせよ、多くの素晴らしい体験ができました。充実感、満足感でいっぱいです。
中でも、シベリア鉄道に乗っていた7日間は、今でも楽しい思い出として鮮明に記憶しています。
担当者さんには、旅の始まり「ロシア」という重要な部分をお世話になり、本当に感謝しています。
新年早々の長文となってしまいすみません。
それでは、ご報告まで。
本当にありがとうございました!
2009年11月出発 N.Y様
渡航先:フェリーで行くシベリア鉄道3等列車の旅 14日間
境港⇒東海(韓国)⇒ウラジオストク⇒モスクワ⇒サンクトペテルブルグ⇒ヘルシンキ
明けましておめでとうございます。
先日、モスクワより無事帰国しました。
いろいろと出発前に教えていただいた情報が非常に役に立ちました。
街中がヨールカで賑わっており、至る所にツリーがあり、夜でも明るい感じでした。
ロシアのクリスマス時期に重なったお陰で、真冬にも関わらず、明るいと感じる場所も多く、
治安が悪い感じは見受けられませんでした。
本当によい時期にモスクワへ訪問できたと思います。
出入国に関しては、所持金や携帯電話、カメラ、Note PCと細かく申請書類を作成したのですが
税関担当者は、入国時も出国時も、不要と言ってました。ちょっと拍子抜けです。
また、見所としては赤の広場は最高に良かったです。
到着した日は、雪もなく穏やかな天候でしたが、翌日から地下鉄に乗り赤の広場にたどり着いた時から、にわかに雪が降り始め
あっという間に雪景色に変わりました。おかげで、雪の無い赤の広場と雪に染まったワシーリー寺院を見ることができました。
滞在中は-15〜-23℃程度になると天気予報には出てましたが、-10〜0℃程度で想像していたよりも暖かく、
異常なほど準備した防寒服もほとんど使わずにすみました。(これでも十分寒いと思いますが。。。)
クレムリンに入りたかったのですが、激しく降り出した雪の中、敷地内を長時間歩き回れそうにない気がしたので
赤の広場を散策し、グム、アルバート通りを散策しました。(どこでも除雪作業が十分行われていて、もしかして場内も問題なかったかもしれません)
また、おみやげを買い込むため、イズマイロフ市場、(現在の名称は“ベルニサーシュ”:弊社注)に足をのばしました。やはり安く、たくさんの買い物ができました。
一番気にしていた食事に関しても、どの食べ物も美味しく日本人に合うと思いました。
夏の景色も綺麗だと思いますが、やはり冬のモスクワを見て良かったと思います。
寒さと闘う市民生活が伺えて良かったです。大都市モスクワのものすごいパワーを感じます。
東欧諸国への入国は手続き等面倒かとは思いますが、いつかモスクワ、サンクトペテロブルグ、ポーランド等
回って見たくなりました。その時も、御社にお願いしますね。(アレコレと面倒な事を言いますがよろしくお願いします)
最後ながら、御社の様な、低価格でありながら出発までのきめ細かいサービスをしてくれる旅行会社、
そして何よりKさんに担当して頂き、出発前から情報の少ないモスクワ旅行に関して不安を払拭していただき
本当に感謝しております。
長々をメールしてしまい、お仕事のお邪魔をしてしまいますことをお許しください。
それでは、本当にありがとうございました。
2009年12月出発
K様ご夫婦
渡航先:モスクワ
19日間大変お世話になりました。
本当にトラブルが続いて、いろいろとご迷惑をおかけし申し訳ございませんでした。
ですが、トラブルに直面したときも担当者さんの素早い対応と連絡は非常に頼りになり、心強かったです。
おかげで落ち着いて行動することができました。今となってはそのトラブルもいい思い出のひとつになっています。
本当に担当者さんには感謝してもしきれません。
また、シベリア鉄道ですがやっぱり3等を選んで良かったです。
同じ車両には3人を除いた全員が、ウラジオストックで兵役を終えた同年代の人たちでモスクワに着くまでワイワイもりあがって楽しい思い出ができました。帰りには軍で使うコートや水筒、一円玉のような銀貨などおみやげを山ほどもらってカバンに詰めるのに苦労したぐらいです。
今までの旅行の中で最も楽しく素晴らしい思い出ができました。本当にありがとうございました。
ちなみに今回、トラブルはフィンランド航空のストライキに終わらず、まだまだ続き、
スーツケースがフランクフルトに残ってしまったことに加え、
今日関空から連絡があり、カバンが壊されていることがわかりました。衣類とみやげ物しか入っておらず、カバンの修理代は航空会社が負担してくれるとのことで全く問題はありませんでしたが、トラブルってこんなにも続くものかとただただ驚くばかりです。
まだまだ旧ソ連地域で行きたい場所がたくさん残っており、もっとロシア語にも磨きをかけて再び旅行したいと思っています。そのときはまたよろしくお願いします。次は、こんなにトラブルは続かないかと思いますので...。
たくさんの楽しい思い出ありがとうございました。
Y.K様 2009年11月
渡航先:フェリーで行くシベリア鉄道3等列車の旅 18日間(+ストのため1日延着)
境港⇒東海(韓国)⇒ウラジオストク⇒モスクワ⇒サンクトペテルブルグ⇒ヘルシンキ⇒関空
無事に予定通り旅行を終え、8/29に帰国しました。
予想以上に英語(と日本語)が通じた事も手伝って特にトラブルも無く、体調面も概ねOK!?でした(食あたりで半日強、寝込みましたが…)。
ただ、タシケントのホテルは少々残念でした…(立地と設備)。
イイ意味で“田舎”な感じで、人間も素朴で親切。対日感情も良好なようで、快適に旅行を楽しめました。
日本語は「通じた」と言うか…ブハラのお土産屋さんが数人、日本語で強烈に売り込みをかけて来たのと、サマルカンドで日本語専攻の学生や教師らに相手して貰ったって感じです。一般に浸透している訳では当然有りません。
写真はサマルカンドの2年に1度開催の音楽祭のモノです。レギスタン広場のど真ん中にステージが設けられ(日中の観光的には邪魔で仕方なかったですが…)、ライトアップされた様子と音楽はナカナカ風情が有って良かったです。
今回の手配に付きまして、日程的に厳しい中、ご対応頂きましたこと感謝しております。
また旅行の機会が出来ました際には、宜しくお願いします。
2009年8月出発 N様
渡航先:ウズベキスタン
ソロフキへの旅でたいへんお世話になりました。ついさきほど(2時過ぎ)無事自宅にたどり着きました。
最後、モスクワ運河からモスクワ港をめざしたところで濃霧のために停船し、モスクワ港へは3時間半の延着となりましたが、それ以外はまったく問題なく、
全行程当初の計画通り進みました。手配してくださった送迎の車や乗船券の受け渡しもすべて須玉様からご連絡をいただいた通り運び、教
えていただいた電話番号等を私が使わなければならない場面は一つもありませんでした。
船はこれまでの川旅で使ったものの中ではいちばん小ぶりのものでしたが、それだけに乗客乗員が家族的になることができ、最後の晩の集まりでは「最もアク
ティブな旅行者」賞という立派な額に入った賞状までいただき、感激しました。それもこれもユーラス・ツアーさんのおかげですので、ほんとうに感謝しています。

これからもまたお世話になる機会があると思いますので、どうかよろしくお願い致します。
2009年8月出発 I.A 様
渡航先:モスクワ・クルーズ観光(キジー島・ソロベツキー島含む)
このご旅行に参加されたお客様の旅行記です。たくさんロシアや旧ソ連地域をご旅行されていますので
とても参考になるホームページです。
http://www.asahi-net.or.jp/~ri8a-iskw/
*「星の町」のオプショナルツアーに参加されたお客様の旅行記です。
http://www.geocities.jp/pcsetageo/200986moscow.html
2009年8月出発 T.O.様
渡航先:モスクワ・星の町
いつもお世話様です。お陰様で、本日アエロフロートで無事帰国できました。
有り難うございました。
現地ガイドさんは50歳くらいのアジア系の人(旦那さんがロシア人)でしたが、懇切丁寧に説明してくれました。
トランスファーの送迎もしっかりできていました。
帰りは道路工事の渋滞で30分くらい余計にかかりましたが、出発2時間前には空港に到着しました。
行きの送迎の時でしたが、運転手が税関出口辺りの迎えの行列の方にいなく、なかなか見つかりませんでした。
一時はタクシーかとも思いましたが、念のため空港ロビーの出口の方を探したらネームプレートを発見できました。
深夜のことでもあるので、できれば税関出口の一群の集団の中で待って頂けたらと思います。ペチェルスカ大修道院は圧巻でした。ミイラがよく保存されていて、老若男女の信者がろうそくをもち、十字を切りながら棺のガラス窓にキスをしていくのを見て、ロシアとはちょっとちがった印象をもちました。
ロシアより若い信者が圧倒的に多く、ウクライナ人は敬虔深い印象を受けました。また 教会自体も明るい雰囲気がありました。キエフは外務省渡航情報に書かれているほど治安は悪くない感じでした。(注意は必要でしょうけど)
プラハは地下鉄、トラムが便利で、治安もよく個人旅行にはなんら問題ありませんでした。ただ、カレル橋が片側工事中で半分の道幅しかなく、景観も台無しで残念でした。プラハ城のヴィトー大聖堂は朝10時前に行ったのですが、ものすごい行列で中に入るのを断念しました。そのほかはほぼ予定どおりで、天候もよく快適な観光ができたことに満足しています。
キエフもプラハも日中は30度近くになり非常に暑かったでした。まずは簡単な報告まで。いろいろアドヴァイス有り難うございました。
2009年8月出発 ヒロ様
渡航先:キエフ・プラハ
事前の旅行手配、色々とありがとう御座いました。
お陰さまで、ロシア入国・出国手続きを始め、総て順調に進みました。
運良く天候も晴れの日が続き、姉の案内でクレムリンを始めモスクワ市内及び、セールギエフ・パサード観光、美術館や博物館を巡りを堪能してまいりました。
比較的治安の良い都市なので良いところなのですが、車が信号を守らないのがツーリストには怖いところですね。
メトロにも乗りましたが、ドアが閉まる際は急に激しく勢いよく閉まる為、駆け込み乗車は命がけと察し止めました。(笑)
そんなこんなで、キリル文字に慣れ始めた頃に帰国いたしましたので、次の機会は是非サンクトペテルブルクに行ってみたくなりました。
その際は、またよろしくお願い致します。
(写真は夜の赤の広場です、ライトアップされて綺麗ですね)
N.Y.様 8月出発
渡航先:モスクワ
この度は、ご手配ありがとうございました。
エルブルースの西峰+東峰の両方目指していましたが、
入山当日から天候が崩れ、西峰の一回目で強風に阻まれ、
敗退、下山予定日の18日にようやく2回目の挑戦で登頂しました。
頂上付近の視界は全くなく、立ったに過ぎませんが、
兎にも角にも、
エルブルース山頂に立てたことには変わりはなく、ありがとうございました。
2009年7月出発 M様
渡航先:エルブルース登頂
無事帰国しました。
特にトラブルはなく、手配していただいた通りで順調でした。
お陰さまで天気にも恵まれまして(むしろ暑いくらい)、
色々と観光できてよかったですが、とにかく歩き疲れました。
あまりに多くの情報が入ってきましたので、
ゆっくり消化した上で、また訪問したいと考えております。
今後とも何卒よろしくお願い致します。
2009年4月出発 T.T様
渡航先:モスクワ・ペテルブルク
この度は大変お世話になりました!
1人で飛行機に乗るのは始めてで、しかもロシアなので不安でいっぱいでしたが、担当の方がとても親切な方でロシア事情をいろいろと教えてくださっていたので、安心して旅たつことができました。
空港は外国の人ばかりで日本人の女の子が1人でいるのはすごく浮いていたのですが、無事に入国審査も済ませ知人にも会うことができ、旅行中も特にトラブルはなく楽しい旅と終えることができたので本当に感謝しています。
5泊7日でモスクワ、スーズダリ、ウラジーミルに行って来たのですが、中でもスーズダリが1番印象的でした。
とてものんびりした田舎町のようなところでゆったりと時間がながれていて、中世の雰囲気を残すために町全体が保護されているらしく、どこを見ても見ごたえがありました。まだ雪が降っていたので、真っ白な中にロジュジェーストヴェンスキー聖堂の青い屋根がとてもキレイに映えてました。スーズダリへはウラジーミルからタクシーで行って、帰りはバスに乗ったのですが、バスは寒い中30分くらい待ったのでスーズダリに行くにはタクシーのほうがいいかもしれません。。。そんな高くなかった気がします。
モスクワでは、クレムリン、赤の広場、トレチャコフ美術館、モスクワ大学、雀が丘…などに行ってきました。赤の広場でレーニンを見ようと思っていたのですが、冬季はお休みみたいでした。でもプーチンのそっくりさん(?)に会うことが出来たので結果良かったです。
また、ロシアは食事が本当においしかったです!初日にホテルのレストランで食べたら値段が高くこのままでは破産すると思ったのですが、地元の人が行くようなお店に入るようにしたらとてもリーズナブルでおいしい◎ガイドブックに載っている有名なものはほとんど食べました。日本に戻ってからもロシアの味が忘れられなくて、ボルシチとピロシキを作ってしまうほどでした。ロシアのサワークリーム買ってきておいて良かったです。あと、アルバート通り付近にあるゴーゴリ・モーゴリというカフェはおすすめです◎
怖いイメージのあったロシアでしたが今回行ってみてとても魅力的な国だと感じました。ロシアの人たちは顔は怖そうだけど親切な方ばかりでした。行ったときは3月だったので今度は夏にも訪れてみたいと思います。そのときはまたユーラスツアーズさんを利用させていただきたいと思っています。
本当にありがとうございました!
E.S.様 3月出発
モスクワ・ウラジーミル・スズダリを巡る旅
初めてのロシアでしたが、とても愉しく旅をして参りました。
目にするもの、体験することの全てが新鮮で、計十日間の車中も、退屈することなく過ごせましたし、列車でなければ、言葉の話せない私たちが、ロシアの人々と交流することはできなかっただろうと思います。お友達もできました。
ロシアはあまりに広大で、未知で、自分のものさしでは測れないところがあり、単に「愉しい」の一言では語れない二週間でした。
当初は無理ばかり申し上げてしまいましたが、ホテルも綺麗で過ごし易かったです。
慌しくお騒がせな私たちでしたが、出発間際まで連絡をとってくださり、
本当に感謝しております。
忘れがたき旅となりました。
明後日からは社会人ですが、有給をとってまたロシアへ行くことを愉しみに、働くつもりです。
その折は、再度お世話になるかもしれませんので、よろしくお願い致します。
どうもありがとうございました。
2009年2月出発
K.C.様
ご渡航先:伏木→ウラジオストク→モスクワ→サンクト・ペテルブルク→ベルリン 船と鉄道の旅
こんにちは。
ご無沙汰しております。
以前、シベリア鉄道に乗る旅行を手配して頂きました。
メールが遅くなりましたが、シベリアすごく楽しんで帰ってきましたので、
ご報告をと思い、メールを送らせて頂きました。
ロシアは、真の異国という感じですごく興味深い国でした。
料理も美味しく、堪能することが出来ました。
ガイドさんも2名とも親切で、良い思い出を作ることが出来ました。
担当者様には、ロシア初心者の私たちに、本当に親切に対応して下さり、本当に感謝しています。
ありがとうございました。
また、ロシア方面に旅行する際には、ぜひ利用させて頂きたく思います。
では、失礼いたします。
2009年2月 T.T様
渡航先:ウラジオストク・モスクワ(大韓航空で行くシベリア鉄道の旅12日間)
この度はいろいろとお世話になりました!
おかげさまでいろいろと貴重な経験をさせていただきました!3週間はあっという間で色々問題は起こったのですが、周りの方々に助けていただいて乗り切ることができました。けっこう語学の勉強に追われて思ったほど遊びまわれなかったですが、歴史と文化の根付く美しい町を感じることができました。ロシア語はまだほとんど喋れませんがそれでもエルミタージュやコンサートでロシア人料金で入れるようになりました^^;
ステイ先でスヴェトラーナさんには英語でロシアの文化や歴史、政治、そしてご自身の人生観や家族観などのお話をして頂き、とても興味深く聞かせてもらいましたし、ガリーナさんは大らかでいつも愛情あふれる食事を提供していただきました。実はもう一人の同居人も交えてヴァレンチーナさんとちょと色々あり、これから先も受入とか考えてらっしゃるのなら問題になるのかなあと思ったのですが色々な情報をみてるとロシアのお年寄りならではのことなんだと納得しました。でもほんと家族愛に満ちた素敵な素敵なご家族でした^^w
学校も問題が起こったら直に対処するとても信頼性の高いところなのではないかと思いました。人数も非常に少なかったため濃い授業でした。
今回のこの留学でロシアのコンヴァトでの勉強を決めました!とういうことは本当充実した時間を送らせていただいたんだと思います。
色々相談に乗って下さり本当ありがとうございました。またお願いすることがあるかもしれませんがその節はまたぜひお願いします!
2009年2月 K様
渡航先:リデン&デンツ語学学校 3週間
昨年9月のシベリア鉄道ツアーでお世話になりました。
新年も半月が過ぎましたが、いかがお過ごしですか?
さて、昨年9月17日、ロシアへ向けて出発し、ウラジオストク, シベリア鉄道,モスクワでの滞在、全て順調に過ごす事ができ、10月中旬、無事に帰って参りました。フランス滞在後は香港経由で成田へ帰国し、東京から沖縄までの南下の旅で締めくくりました。
今回のツアー参加において 出発の相談を何度も受けて頂いたり、又、日本を発つ直前まで担当者様には大変お世話になりました。改めて感謝しております。
鉄道で乗り合わせた方々は、車掌さんをはじめ 皆 暖かく、とても友好的で、外国人である私をいつも気にかけてくれました。年齢層も幅広く、 小さな子供からお年を召した方まで乗り合わせていましたので、 まるでひとつの家族のような大きな安心感と共に、 非常に有意義な時間を過ごす事ができました。
ウラジオストクでのガイドの方も 非常に日本語が堪能で、ドライバーの方も とても丁寧に対応して頂き感謝しています。
”ロシア”という国の奥深さにも改めて気づかされた旅となりました。旅でも何事もそうですが、常に好奇心を持って未知の扉を開くのは自分自身を高めてくれますし、とても魅力的ですよね。これからもいろいろな事へチャレンジし続け、出逢いを大切にしていきたいと思っています。語学をもっと勉強し、資金を貯め、ぜひまたロシアへも訪れたいです。
改めまして、”ユーラス ツアーズ”のツアーに申し込めた事、担当者様との出会いに感謝致します。どうもありがとうございました。
遅ればせながらのご連絡、失礼致しました。
厳しい寒さが続きますが、くれぐれもご自愛下さい。
2008年9月 G.A様
渡航先:ウラジオストク・モスクワ・パリ(船で行くシベリア鉄道の旅11日間+追加手配)
昨晩12時頃に、無事帰国いたしました。
希望通りの旅となり、ありがとうございます。
いくつか現地ルポ(?)をお届けします。
* 空港等に関して
ウラジオストクでは、飛行機からバスに乗り、降りてすぐの狭い所で
パスポートコントロールに1時間以上かかりました。
ハバロフスクでは、荷物を預け登場手続きをするのにかなり時間がかかり、靴を脱いでの検査もありました。
* ホテルに関して
「プリモーリエ(ウラジオストク)」はレセプションが感じよく、「1分待ってくださいね」と言われ、
パスポートはすぐ返還されました。
水事情はあまりよくなく、バスタブはありましたが、お湯は褐色でした。 但し、トイレットペーパーは二枚重ねでした。
「インツーリスト(ハバロフスク)」では、パスポート返還は「10時です」と言われ、1時間強
かかりました。
部屋はアムール川が眺められる禁煙室で良かったです。
* オケアン号
同室者は女性だけでなく、年配の男性も1人いて最初はびっくりしましたがとてもよくしていただきました。
ただ狭い部屋でカーテンもなく、トイレ以外に洗面所もありませんでした(私は特に気になりませんでしたが…)
* トイレ事情
私はトイレによくいくので、旅に出る場合必ず覚える言葉のひとつが「トイレはどこ?」で、有料トイレは初めてで心配しましたが、一度も料金は払いませんでした。デパートの中とかフアーストフード店の近くとかで無料で入ることができました。
* 気候に関して
ウラジオストクはとても暖かで、道でボ〜ととてもファッショナブルな女性の様子や子供たちの遊ぶ様子、車の行き交いを眺めたりしていました。
ハバロフスクは着いた日は風があって寒かったのですが、次の日はとても暖かくて、中央市場の辺りまで歩きまわりました。
アムール川は薄い氷が流れていて、あと少しすれば氷が張るようでした。

* その他
中央市場の屋内で、写真を撮るのやめるように言う人がいました。さんざん屋外・屋内でも撮った後でしたが…
ロシア的かな?と思うこともいくつかありましたが、インツーリストホテルのフロアー担当の女性が、娘さんが国際結婚して日本に住んでおられるそうで
案内してくださったり、お土産をくださったりしました。ドジな私は失敗談には事欠かないのですが(今回もいくつもありました)ひとり旅もそれなりに楽しいもので、1年に1回の贅沢でした。
今後も、ロシア旅を希望される方のために良いサポートを続けていって
くださいね。
本当にありがとうございました。
それにしても日本は寒い…
2008年11月 N.K様
渡航先:ウラジオストク・ハバロフスク
先週福岡空港へノボシビルスクより帰国致しました。
シベリア航空が向かい風の為にインチョン着が少し遅れた為乗り継ぎ時間が短くて間に合わなかったのですがすぐに次の便を用意してくれたので利用しました。
インチョン・福岡間は便数が多いのでその点便利です。毎年来て欲しいとたのまれましたので来年も希望しています。
今後ともよろしくお願い致します。
今回は本当にありがとうございました。
2008年8月 U.Y様
渡航先:ノボシビルスク
お蔭様で明日、ロシアを出国しヘルシンキへ向かいます。ロシア号では車両には日本人私1人でしたがロシアの方々に暖かく迎えてもらい私も同じ車両の子供達と遊んだりして大変楽しく過ごせました。
ロシアとてもよかったです。
ありがとうございました。
これからも帰国まで気を抜かず旅します。
A.K様 2008.06
渡航先:ウラジオストク・モスクワ・ペテルブルク・ヘルシンキ
真っ青の空!中世の面影が強く残る街並み!真っ盛りのライラックやマロニエの花!地平線までも続きそうな菜の花畑!
国中が絵葉書のようなんです。
行って来ましたバルト3国!!帰国して一ヶ月たった今も感動覚めやらずです。
リトアニア出身の現地のガイドさんの母国への熱い思いの伝わる解説もとても良かったです。
長い長い他国の抑圧からやっと独立できた喜びと、これからの国の成長への希望がひしひしと。そして若者の自信に満ち颯爽と街を歩く姿
が印象的でした。
ユーラスツアーズ常連客となっている知人に旅の土産話を何度も聞いていました。
いつの日か一緒に行ってみたかった旅行でした。なんといっても少人数のゆったりした企画が良いです。
実の家族より居心地の良い、家族旅行のような旅でした。
添乗員さんにも大変お世話になりました。思い出深い旅をありがとうございました。
次回の旅への参加を思い、今からワクワクしています。
K.H様 2008.05
渡航先:バルト三国
2008年3月、私たちは夫婦でツアーに参加しました。
私にとっては初めてのロシアへの旅。
暖冬のせいかほとんど雪も無く、集中暖房の完備した室内はどこも日本より暖かく快適なのが最初の驚きでした。
モスクワは「クレムリン」、「赤の広場」という長年ソ連の中心として耳にしてきた場所を体験し、「武器庫」の歴史的な宝の数々に感嘆し、楽しみにしていたバレエ鑑賞に大満足し、そして夜行列車の最新型グランドエキスプレスで贅沢気分を味わいつつ一夜明ければサンクトペテルブルグへ移動というのも魅力の企画でした。
ペテルブルグ市内では建物の美しさや街行く人々の洗練されたファッションに目を奪われ、また冬の宮殿、エルミタージュ美術館など美しさと規模の大きさ、数の多さに圧倒され、その場所で見ることでしか味わえない感動を心に焼き付けました。
オペラはバレエと同様に大人だけでなく着飾った多くの若い人で満席でしたが、日常的にこうした観賞をしているとのこと。芸術的民度が高いことに感心しました。
そのほかにも都度々味わったロシア料理の味もお店の雰囲気も厳選されていて、良い思いでの一つとなりました。どれも感動することばかりで、いつか又訪れたいと思いつつ、細かな気配りをしてくださった添乗員やフレンドリーなロシア人の通訳の方々、同行のグループの皆様などのおかげで、大変楽しい旅であったことをお礼申し上げます。
O.K様 2008.03.09
渡航先:ペテルブルク・モスクワ
新潟空港でハバロフスク行きダリアビア航空ツポレフ154-Mに乗り込むやいなやロシアへ向かいつつあることが実感として湧いてきた。傷ついた古い機体、ぼろぼろの座席など、とても日本国内を飛ぶ飛行機では考えられない状態だ。しかし、自国で航空機を生産することの出来た社会主義国ソ連の独特の技術を目の当たりにして興味深い体験となった。
飛行機は日が暮れたハバロフスクに到着し、送迎の車でホームステイ先のニーナさんのアパートに向かう。それはハバロフスク市一番の繁華街“ムラヴィヨフ・アムールスキー通り”の近くにある。その通りは日本の銀座のようにネオンが明るく美しかった。